2009年12月29日火曜日

日付戻って・・。

書いてなかった分、簡単にだけど載せます。
今日のブログ一個前のに載せてあるから、そっちもみてねー。


24日、25日はフィリピン大学の大学生にマニラ案内してもらった!
来てくれるのはゴリラとギャルって前から言われてたんだけど、まさにってかんじでした笑 だいさんと梓さん。あと唯一ふつうのあだ名のひろぽんさん。あとゲ○のフィリピン人マービン。彼(彼女?)は口が達者すぎる。何度こてんぱに言われたことか。

モールにジープでいって24日はボーリング!!久しぶりにボーリングみんなで3ゲームかけてやって楽しかった!
ゆずると大さんがターキーまであと一歩で惜しかった。ちなみに2ゲーム目のあたしの得点は62。ゆずるの最高得点185!すげー。
その後お酒とかいろいろ買ってホテルで飲み会!!
ちなみにこっちの物価は日本と比べ物にならないほど安い。四分の一~五分の一くらい。
夜はミーティングのあとの気晴らしも兼ねて飲み会。完全に飲みすぎて、あたしかなりめんどくさくなったらしく、まあ覚えてるんだけど覚えてないことにして。。とりあえず次の日は午前中は二日酔い。とんだクリスマス!

25日はジープと電車に乗ってまたマニラの別のところにいってみんなでごはん食べたり話したりした。クリスマスだけあってだいたいのお店はしまってた。さすがクリスマス。でもフィリピン人ってほんとに稼ぐ気ないんだなって思った。笑
タクシーも、「おなかすいたから降りて」って言われたし。確か
タイでも混んでるから降りてっていわれたし、どうなってんだ東南アジア。
この日は夜、ロデールっていうメンバーの知り合いの方に食事につれてっていただいた。その人は大学時代アルバイトしていた飲食店のマネージャーを卒業してから勤めて、その後シティバンクに勤めて、その後国の機関につとめて、その後日本人向けの観光会社のガイドをやっている。とても賢い人で政府の機関とかに勤めてたにもかかわらずやめて今ガイドの仕事をとても楽しんでいる。そして彼は月に3、4度自ら食事を作ってストリートの子供たちに分け与えたり、体が不自由で動けないストリートの人の手伝いをしてる。フィリピン人の上層部の人たちは貧困層に興味がないとよく言われているけど、こういう人もいるんだなって思った。同時に、大学を卒業しても職に就くのが難しい今、好きなことを仕事にできるロデールさんはラッキー&素晴らしいと思った。なんだかんだ日本でも好きなことを仕事にできる人っていないんじゃないかな?うちの母親はそういう面ですごいんだろうなと思った。

26日
午前中ゴミ山にいって午後ダウン。たぶん原因はクリスマスに飲んだ後に布団かけないで寝て夏風邪状態になったこと。。ゆずるに言われたように夏風邪はしつこい。気分悪いのは治ったけどせきがいまだにとまりせん。夜はふつうにホテルでごはん食べて寝る。ちょっと今とまってるホテルについて書くと、今とまってるところはフィリピン大学っていう日本で言う東大みたいなとこの敷地内にあるホテルにとまってて、主に教授とか大学関係者が泊る施設らしい。でも最近のクリスマスシーズンには子供から大人がパーティーしてる。たぶんフィリピンの中では最強に安全だとおもう。全くホテルっぽくないど(てのは、フロントに全く観光情報がなかったり、場所尋ねても知らないって言うし)ごはんもリーズナブルでおいしいし、無線ラン飛んでるし外で爆竹がなってること以外は静かだし、なにげにバスケットコートもついてて、この前ボール買ってときどきみんなで遊んだりしてる。
つまりとっても安心できるホテル。きれいではないが、すごしやすい。特大ゴキブリにちょくちょく遭遇するけど許せる。

27日
朝マザーテレサの家にいく。
インド発祥のマザーテレサの家は別名「死を待つ人の家」
意外にもゴミ捨て場の近くにあった。
建物は大きく二つに分かれていて半分はおじいさんおばあさんがいるところ。もう半分は子供たちがいるところ。だいたいの人が身寄りがなくて障害を持っている。マザーテレサの家にはボランティアさんもたくさんいて、お年寄りの方の場所ではちょうど昼時だったからご飯とか食べさせてあげてた。
子供のほうの建物にいくと、いたのは全員ベッドから動けないような小さい子や障害を持った子。目があらぬ方向を見てる子とか、何話しても反応しない子、ずっとよだれ垂らしてることかたくさん。
最初は自分が来たことが場違いだと思った。ケージにはいってることか、ベッドに寝ていることかを見下ろす形で見学してたんだけどなんかなんて言っていいかわかんないからパス。
日本にも三軒あるらしいから、行こうと思った。
日本では児童養護施設とかを初めとしてそういう施設には絶対出向かないのに、海外にいると何いいこぶってんだろうなー。でも他国の状況って深刻に見えるのって隣の芝は青いっていう表現とは違うんだろうけどなんか違くない気がした。意味わからん。


そこでケニア出身のシスターロザリーナと話した。
彼女は大学を出てすぐマザーテレサの家で働いた。初めはスリランカにいて、今に至り、またスリランカにいくという。この仕事を始めて9年。ステータス的には一番上の青色のエプロンをしていた。
「いやな思いしたらすいません」・・から始まって結構いろんな事聞いたけど、相手の英語がよく聞き取れなかった。笑 でもこういうときにほんとある程度だけど英語使えてよかったなって思う。(やっぱ第三ヶ国語なんかやりたいなっておもった。)
いやでも、すごいなーっておもったのが、女の幸せともいわれる結婚を放棄してまで(今は古いのか?)この世界に入り込んでるシスターのみなさん。毎日四時において毎日五回お祈り。しかも一回一時間。最初のお祈りは五時に始まる。
お祈り中寝ないの?ってきいたら笑われた。
話を一通り聞いてから、彼らにどんな過去があったんだろうっておもった。。。相当虐げられてきたのかなとか。ってのは違うけど、どんな風に育ったらこんな考えを持つんだろうって。
神に一生捧げる???まじっすか?って思っちゃうのは日本人だからかね。

彼らは遠い存在過ぎて尊敬なんて言えたもんじゃなかった。


午後は相変わらず建設作業。
と思いきや。日曜だから大工さんたち働かないとのことで。
子供たちと遊びながら自然とお宅訪問の流れに。
今日はいつもいくゴミ山とは逆方面のほうの子のおうちにいきました。
その子ジェシーっていう男の子んだけど11人兄弟の10人目。
まわりのうちと同様つぎはぎだらけの家に住んでいる。家族が多すぎて、時には外の床で寝るらしい。
でもみんな幸せそうだったな。

なんでだろーあのへんの子供たちと絡んでると、街中の子供があんまりかわいくみえないんだよね。それってやっぱなんかあるよね。




ここにきてもうほんとうに私黒いです。
成人式は真っ黒で臨むことになりそうです。

現場の本音

本当に貧困は解決しなきゃいけないのか?
っていう内容で前かいたけど、そんなこと滞在一週間の私が言えることじゃなかったと思ってる今は。

 
今日は朝から2人の日本のお客さんが参加して一緒にアロマをまわった。一人は、世界を四年間放浪して教育の重要性に目覚めて通信で教員資格とって今は都立の高校で教えてる方。二人目の方もバックパッカーで面白いことしてそうな人。
そして今日はあずささん大さんひろぽんさんまーびんも一緒にアロマにいった。

今日は何が楽しみだったかって実際にスカベンジに参加できる日だったから。
スカベンジ=ゴミ拾いで、スカベンジャー=ゴミを拾う人
アロマの人々は9割以上がスカベンジャー。あとは炭を作る人とか。
彼らはゴミをひろいまくって一日何キロものゴミをジャンクショップに売る。売れなければその日の収入はない。

本当は政府からは写真を撮ることすら禁止されている地域にいってみんなとゴミ拾い。
スカベンジ用の小さな道具をかってゴム長靴をはいてゴミ捨て場に。

なんかもうカオス・・。
生ものの残骸、プラスチック、ネズミの死骸なんでもあり。
臭くて鼻で息吸えない。数メートルにもなってるゴミ山に更にトラクターからのゴミが押し寄せる。そこにみんな群がって我先にってかんじでゴミ漁る。
しかも動いてるトラクターのアームにまだはいってるゴミにまで群がってるから、ほんと危ない。
こんな場所からみんな、「使えるゴミ」を探し出して袋に詰める。
私たちにとってはゴミでも彼らにとっては日々の収入源。
あたしも必死に使えそうなゴミ探すけど、何が売れるのか売れないのかわかんないから近くにいるおばちゃんにいちいち
「これいい?これは?」とか聞きまくる。

ゴミに必死に群がってるひとたちもいる。かたや、あたしに使えるゴミを渡してくれる余裕のある人もいる。それはやさしさなのか?余裕があるのか?わかんなかったけど。

スカベンジがおわったと、みんなでジャンクショップに換金しに行く。
はい本日の収入16ぺそー。日本円にして約32円。いがいと売れるんだなってのが感想。

それから、いつものように建設作業を手伝う。
でも今日はほんとやることなかったな。笑 セメントづくり手伝って、運んで、あとは群がる子供たちと遊ぶ。子供ってすごいね。何あのパワー。

帰りは初めてジプニーと電車乗り継いでかえる。片道二時間弱。井口さんほんと尊敬です。
まーびんおすすめのお店にいったんだけどそこちょーおいしくて感動!さすがまーびん☆

今日の夜はホームステイに行くか行かないかでチーム内で意見が割れる。前々からいくかいかないかは議論に持ちあがってたんだけど、行くとしたら明日ということで話は大詰め。話は金銭面、安全面、衛生面の3ポイントに絞られる。
(金銭面:ボディガードに渡すお金 ホームステイ先に渡すお金)
あたしは俄然行きたい派で、数日間の流れでそういう方向になってて、結局行きたい人だけいくっていう結果に。あたしは次の日のホームステイに備えて早く寝ようとしてずっとブログ書いてたんだけど、途中でメンバーに呼ばれてまた話し合いに。

話し合いの内容は、結構ショッキングなこと。私たちがホームステイをするって決めたことで、実際に怖い体験してしまった方にそれを話させることになってしまった。

ホームステイしたいって思うまでの考えが間違ってたとは思わない。だけど甘かったなって思った。現地に行って数日現場を見ても所詮はお客さん。昼間にこにこ笑ってる人たちを見ても、夜彼らがどう変化するかわからない。お金が絡むと人は変わる。現地にきてわかった気になってた自分にお疲れ様ってかんじ。

写真も大部分公開します。撮って自分のパソコンにいれて満足なんてバカみたいだからどうにかしてうまい具合に公開したいんだけど、どうすればいい??ネット上でmixi以外だったらどうやって公開すればいいかな?mixiだと一眼の写真重すぎてアップ遅すぎるから。なんか知ってたら教えて。

なんかこんな話があがると信じられるのは子供たちの笑顔だけな気がするね!
ほんとにかわいいから!毎日飽きもせず絡んでくるし笑

っていうことを思った10日目でした。

2009年12月27日日曜日

感動

今日ブログ開いてみたら前回のブログのコメントにみんながいっぱい書き込んでてくれてうれしかった!
読んでくれてる人がいるってのもそうだけど、ひどいあたしの文章から何か感じてくれたからかな!
みんなありがとーー。

24、25はちょっと一休みってことでフィリピン大学の日本人のみなさんと一緒に遊んでめっちゃ楽しかった。笑

しかし今日はダウン。。風邪ひいた。。

また書きます。この3日思考停止なかんじで。

2009年12月23日水曜日

貧困撲滅

そんなん無理って思った。
学校での授業で見た数字や文献からは、貧困は解決しなければ!!とか思ってたけど
実際そんなことないんでねーかとこっちきてから思い始めた。


っていうかそもそもする必要もない気がしてきた。
そんなんはリアルおせっかいであり、それだったら自分の国のひきこもりとか心しにそうな人助けたほうがいいんではないかと。


今日は午前中いつもいくごみ山から少しいったとこで、また同じくごみをうって生活する人たちの地域にいった。
いつもボディーガードは監督が地元の人に頼んでるんだけど、今回はその人たちが特に必要な土地。
そこはいつもいくアロマごみ捨て場よりひどい。汚い。臭い。
アロマが最低レベルだとおもってたからびっくりした。さらに奥に行くとさらに臭くなった・・・。
てかアロマのひとたちはごみ山はごみ山で生活する場所とはびみょーにだけど別れてるけど、ここの人たちは町から拾ってきたごみを自宅付近に持ってきてそこで分別なりなんなりしてるからカオス!!!
本当に臭いし汚い。
でもそんな中でもみんな音楽かけて子供たち超爆笑して遊んでて、ごみ集めてる大人も笑いながらmerry christmasっていってくれて、この人たちは不幸なはずがないとおもった。

ほんとーに日本と違いすぎる。
監督曰く、900万人ほどいるマニラの人口のうち三分の一がスラムで暮らしてるらしい。
=300万人

本当にこの数字納得しちゃうくらい町にはふつうの家ってもんがあんまり見当たらない。まあそんなに住宅地があるところ言ってないからかもしれないけど、大通りの隣にある家はだいたいスラム。



必要なのは人々のやる気とシステム。
そもそも貧困層のフィリピン人はその状況を変える気がないと思う。
アロマ仮設住宅に住む人たちのところにはこの夏だけでも数十団体のNGOやらなにやらが訪れている。
ともこ(小倉さん)と話して、各団体が一万円ずつ寄付していったらそれだけで新しいシステムができるんじゃないかと。
まあ実際一万円寄付してるわけじゃないけど、それにしてもそれぞれなんらかのアロマに住む人たちに役に立つことはしてるはず。
例えば、前も書いたように家を建て直すとかとか

でもそれって彼らがあの場所から抜け出すための手助けでは全くなくてむしろ推進してるというか・・。

そして何より、もう一回言うけど彼らに今の状況を変える気持ちがない。
「今の状況を変えることをあきらめざるをえない過去とか歴史があったから」

今の生活から抜け出さなきゃっていう気持ちがあってはじめて先進国の私たちが何かシステムなりなんなりを提案してあげられる!!って思った。

ごみ捨て場にすむひとたちの中には子供を大学に行かせてる人とかもいる。
でも家にはお金たりないんだって。
それはお金を貯金するっていう考えがないかららしい。
食べるのも好きだから、全部食べ物にお金使っちゃったり。(それでも食べ物は足りてないんだろうけど。4歳に見える7歳児がたくさんいることもその一つの理由)
貯金のシステムを教えるっていうのも一つの方法なのかなっておもった。

子供たちに選択肢を増やしてあげたい、ってのは無理だけど普通の人なら可能な選択肢を見せてあげたい。
そしたら生活を変える原動力になるんだろう。
ちゅーしょーてきだなーー


明日は監督が帰国します。
これから11日間の活動で何ができるか!

お葬式

今日もごみ山にいったらいきなり衝撃的なものに出会った。
子供のお葬式だった。

正直あまり何も思わなかった。
その子供の死体はきれいに死に化粧してて子供が持つ人形みたいだった。

小さな棺桶の上には寄付金の容器があって、その中のお金が本当の葬式代を賄えるほどになったら葬式をするらしい。まだまだ葬式資金には足りなそうな額がわずかにはいってた。


今日はお宅訪問&服とプレゼント配布。

あのごみ山コミュニティのなかにも物質的な貧富の差はあって、私たちはバスーラ基金の60人の子供たちのうちをまわって色々あげてたんだけど、その60人の家は基本的に他のNGOとかによって建て替えられてたり支援されてたりしてまあきれい。
そこの子供たちもごみ拾いもするけど学校にいけてる。
そういう子供たちに色々あげてて、その隣の金網でできたような家は素通り・・・
はい、でたすぐ顔に出る性格。相当ひどい顔してプレゼント配ってたと思う最悪だった。


夜かえって、山本さんとみんなでまたお話して、えとせとらー

まだ3日目だし仕方ないと思うけどまだまだまだまだまだ全然現状見えてないしまあ二週間ちょいじゃ見えるはずもないけどもっとあの場所を知らなきゃって思いました。


今日は、まじ狭い家でも家族が一緒で楽しいっていってたおうちに乾杯。
明日写真のっけますー


なんか毎日早く寝よう早く寝ようとおもっても結局みんなと話してて毎日睡眠不足
ねます おやすみーー

2009年12月22日火曜日

原動力

まず今日のスケジュールから

朝8時からごはん→クリスティーナの家で炊き出し準備→バスーラの家建設→炊き出し→買い物→ごはん→雑談

という半端ない一日。
何が濃かったって日中の活動&夜の時間がすごかった。
とりあえず初めてなことだらけ。

クリスティーナっていうのはバスーラの監督とごみ山の仲介人となっている人。
援助物資を届けたりいろいろしてくれている。
ここで昨日買った10きろのスパゲッティとミートソース、ケチャップ、野菜でスパゲッティを作った。
クリスティーナはスモーキーマウンテンの跡地のパラダイスハイツに住んでいる。ここは政府が立てた、ごみ山に住むための人々のための住宅地。ここでも政府のごみ山支援の形跡がみられる。
でも実際、ここに住むのを拒否する人たちもいる。ってのはごみ山に住んでたほうがお金かからないし、住宅地に住むとちょいちょいお金かかるから。

料理中ふっつーにでかいGちゃんがたくさん現れるw

大量につくったパスタをごみ山に運んで、バスーラの家の建設作業!
しかしいきなり壁とか作り始めるのかと思いきや、とりあえず土地の真ん中に積まれている山を崩して場所を平たんにするという任務が与えられる。
げっっと思いながらも、少ないスコップを使いながらやってると昨日一緒に遊んだ子供たちがやってきた!

次から次へと押し寄せる子供たちと一緒に土砂を崩しながら作業を進める。
あいつらほんとーに楽しそうに仕事する。
しかも子供たちの中には朝も昼も食べてない子がいた。
自分たちより小さい子なのに、ごはんも食べてないのに。。めっちゃ一生懸命作業してて、なんかみんな複雑な気持ちになった。






初日は子供たちとどう接していいのかわからなかったけど、今日はだいぶ慣れましたー。
正直いきなり大勢のちっちゃい子に囲まれてどうしていいかわかんなかった。笑


建設作業の途中で、朝日新聞が取材に来ましたー。何人かを取材して、うちらの写真ばっしゃばっしゃとって見学されて帰られました。年始にうちらの活動が朝日新聞に載ります。if everything goes right.
取材の後はたきだし。
作ったパスタを子供たちに配る。
最初はみんなまあおとなしく一列に並んでたんだけだんだんカオスに・・・・。
パスタがなくなるにつれてみんな激しく群がってくる。
なかいさんが最後のほうに配ってたんだけど彼はもうパスタだらけ笑
おつかれさまー

パスタをもらった男の子が超うれしそうにこっち振り返ったのがめっちゃ印象的だった。




夕方は明日クリスマスプレゼントとして子供たちにあげるお菓子を買いにスーパーへ。
これはうちらの企画の一貫じゃなかったんだけどクリスティーナの提案でやることに。
チョコレートとかお菓子を詰め合わせてプレゼント。

昨日の夜、支援している60人だけにお菓子を配るのかどうするのかで議論。
やっぱり全員にはしてあげられないってわかってるけど実際あって仲良くなっちゃうと区切るのはかわいそうって思っちゃう。洋服しかり。むむむ難しい。
でも昨日と今日の様子を見ていると、自分だけじゃなくて他人の分・家族の分もパスタをもらおうとする精神
とかもろもろ考えて60人に限定して渡すことにした。





昨日みたいにまたみんなでご飯食べた。
監督の陽気なジョークも交えて(笑・汗)楽しいご飯だったー


でもことは起こった。
リーダーと監督の間での考えの不一致

悔しい思いをしたリーダー

自分がフィリピンに行く前に監督に初めて会って泣いた時のこと、二回目にあってまた泣いたこと思い出した。

でも悔しくて泣いたのは全然後悔してないし、まあそれをネタにいじられるのは後悔ですが。涙は真実をうつす!みんなそれぞれの原動力を再確認したようで。
自分にとっては懐かしい感覚だったり。

監督にかぎらず、何かをしてる人のすべてを受け入れる必要はなくて自分の尊敬する部分だけみならえば良いと本当に思った。

いろいろある議論のうち、わかりやすい例では例えば、
今日昨日かいたようにうちらは結構子供たちに物をあげている。
それが果していいのか?

NOと考える人たちが多い中、監督はYESである。
YESに至るまでの監督の経験があるから。

それぞれがそれぞれのやり方で、間違ってるか正しいかは自分が決めることで良いと思ったやり方でやる。

本当に人間らしいやり方だ。理屈じゃねーんだ


大学教授志望のK大学の山本さんも井口さんもすーごい熱心にうちらの話聞いてくれて、わかってくれて、相手の意見もわかってて、おとなだなーっておもった。しかし彼は絶対普段はいじられキャラ!
山本さんとは23日までしか一緒にいられない。

一期一会なんてそんなに考えたことなかったけど、今回の旅で身にしみてわかることになる気がする。

そんなこんなで
酔っぱらった、かつへこんでいたリーダーは今ものすごくだるそうにソファーでぐったりしてますw
誰か連れて帰ってあげて☆

今日初めてSPREADメンバーでこういう話してメンバーの違う一面も見れて、本当にありがとう!
明日はもっとごみやまのひとたちのことを知るために家庭訪問します。お邪魔させていただきます。
みんな温かく迎えてくれるでしょう。
今までの印象だと、みんな本当にあったかい。
魅力ある人って目の前の相手を大切にできる人だと思う。



仁義
ありがとう ごめんなさい 

2009年12月20日日曜日

ごみ山に住むということ


ゴミの山に住むこと考えられる??

フィリピンのアロマごみ捨て場には3000人のごみ山で暮らす人たちがいる。
今日その人たちを訪れた。



バスーラという映画監督に同行してもらってる今回のスタツア?では、24日までしか監督はいないけどその期間ごみ山をはじめとしていろんなところに連れてってもらう。その一環としてバスーラの家の建設を手伝う。
うちらの活動としてはごみ山では炊き出し、うちらのおもな活動にする予定だった服の寄付をする予定。

でもこっちにきて服の寄付の必要はないと感じた。
特に、監督が行っている「バスーラ基金」で援助されている60人の子供たちはごみ山の中でも比較的裕福な生活を送っていて学校にも行かせてもらっている。
60人の子供のうちの一人の子供の家におじゃました。
家というかスラムなんだけど中は小ざっぱりしていてきれい。奥さんのみなりもきれいで全然ごみ山に住んでるようにはみえなかった。

選ばれた60人は監督が選んだ将来性のある子供たち。どういう風に判断したかは知らないけど。
60人だけ選んで援助ってのには前なら疑問に思ってただろうけど、
この前のマザーハウスの山崎さんの話で、「一握りの人も救えなかったらたくさんの人は救えない」っていってたのがすごい印象に残っていて、限りある資金や物資の中で人を選ばざるを得ないのは仕方ないことだと思った。

ここの土地に住む子供たちの話。
東南アジアの貧しい土地の子供の写真って見てる人の同情を誘うようであんまり好きじゃなかった。正直。でも今日いってそうじゃないんだなーっておもった!
みんなちょーかわいい。そして底抜けの純粋さをもっていた。

驚いたのはみんな、take photo!っていってくること。
私だったら見知らぬ外国人が来てぱしゃぱしゃ写真撮ってかれたらすごいやだろうなーって思いながら撮ってた。

そして、子供たちの写真を一枚とったあとに子供駆け寄ってきた!!

みしてみして~~~~!!!!

みたいな。
そして腕つかまれたときに初めてその子たちの存在認識した気がした。
今まで遠い土地の貧しい子供たちだったのが目の前にいて本当に生きててこんな汚い所に住んでて
っていうのを実感した。


なんでごみ山はなくならないのか?
ごみ山に毎日何台も何台もトラックで運ばれてくるごみはそこの住民の収入源。ていうのは、そこのごみで売れそうなものをかき集めて毎日junk storeに持ち込んで売ってその日の食料を買う。
完全にその日暮らしをしている。。
以前にスモーキーマウンテンごみ捨て場ってところがあって今より大規模なごみ捨て場だったんだけど、
政府がそこを1998年閉鎖した。
そのあとそこに住んでた人たちが政府に大抗議した結果今アロマごみ捨て場がある。
結局ごみ捨て場に住んでる人たちはごみ山に依存して生きてるからこれがないと生活できない。
完全なる悪循環。。

でも、そこに住んでる人はほーんとうに楽しそうなんだな。
だから何が正しいのかわからない。






今あそこに住んでる人のことかわいそうとは思わないけど、そのままでいいとも思わない。
他の選択肢を知った子供たちがはたしてごみ山での生活を選ぶのか???


物事は事実なんてなくてすべて視点の問題。

だけど思ったのは、ダウンアップじゃ今を変えるのは難しいんじゃないかな。
フィリピンでは結構いろんなNGOとかが活動してて社会を変えようとしてるけど、上は本当に腐敗しているらしい。すべてはMONEY!どうしようもないほどの癒着世襲わいろエトセトラが起こっているらしい。
上が変わらなきゃ難しいと思った。

今日から参加する小倉さん。彼女はフィリピンのネグロス島のNGOでのインターンのために一年間大学を休学。小倉さんがいってたのは、今の現状を変えるにはフィリピン人がどうにかするしかない。
でも肝心のフィリピン人たちは現状を変えることをあきらめかけてる。先進国の人ができるのは、努力すれば変わるっていうところを先導切って示すこと。でも日本みたいに努力すれば報われる社会(まあ日本がそうだとして)じゃなくて、スタートラインが違う人たちがたくさんいるからそれも難しい・・。

だからやっぱ上から変わって制度とかかえるしかないのかな。。と。

体だけじゃなくて頭も動かしていろんなこと知らないと現状を変えることはできないんだと思った。
つまり勉強しろってことw

今日は他にもアロマ仮設住宅、明日の炊き出しのための買い物(カオス)をしました。
ごみ捨て場の詳しい状況はあんまり書けなかったからまた明日!いつも感情が先走って現状を伝えきれないーー。次からはもっと分かりやすく書きます!

他にも、監督、フィリピン大学に留学中の井口さんと関西大学の山本さんと明日からもアクティブに活動します!頑張れすぷれっどー

2009年12月18日金曜日

ついに

ついにフィリピンに明日飛び立ちます
ぴゅーん

今日ねむすぎる。
昨日は一足早いクリスマスした!銀座よかった!銀座ぽくなくてよかった。

いろんな人に協力してもらって服も結構あつまりましたー何キロくらいになるんだろう。
持ってきてくれる気だったのに家においてくるという失態をおかした人もありがとうw


(あー目の前で陶芸サークルのひとがねんどねってるー初めてみたテレビみてる以外の姿笑。つまり私は今アイセックの部室。すいません全く行ってないにもかかわらず。)

どんな団体も目標があると思う。
たとえうちらがまだ「自称団体」でも。
目標があって行動する。
これからのフィリピンでそれが見つかればいいけど。。
まだ出来立てほやほやで決めようとしても何も浮かばないのは仕方ない。
私のトルコ研修みたいに目標とくになしでもあったほうがよかったっておもったーしなー
だから絶対フィリピンから帰ってきたら明確な目標きめよーね


てことで、これだけかくだけで30分かかったー
これから4限フランス事情なり 

2009年12月13日日曜日

一眼レフ

一眼レフ買いました

完全に自己満だけど、とってもいい!!!!!!!!
今日はゆきべ宅でのまゆきバースデーでぱしゃぱしゃKY小僧になりとりまくってたーまじ楽しい!今んとこはピントを合わせるだけで満足♪笑

今日は久々のアイセックメンツで遊んでたんだけど、なんかやっぱちょーたのしかったー

みんな何気に三年生になってもアイセック続けたりMCにいったりLCPになったり。。
アイセックを続けるか続けないか、
決断はyes or noだけどそれまでの過程とかほんとみんな色々考えてたと思うし、
そんなみんなを見てて、自分はみんなと同じ境遇ではないけど、なんかなんかうれしかった!

その決断が最高の選択!!


もっと書きたいことあるけど、時間内からまた今度

2009年11月27日金曜日

はいこんにちは

こんにちはーい

最近の出来事

はい まず留学の追加募集かかりましたね。
たくさん余ってます。
もう一回応募しようとおもってます。
最近、留学の際に提示するGPAを0.01盛ったのがいけなかったのかなとか思ってます。
いろんな人からアドバイスもらっていろんな人からいろんな人を紹介してもらって情報収集してると
うちのスーパーおばあちゃんが、「情報はお金」っていってたのを思い出します。


次に昨日の出来事
早稲田のフォトジャーナリズム展にいってきました。
DAYSとコラボして10月くらいから1月までやってるんだけど、ここ数日がコア期間てことでイベントがたくさん。昨日はドキュメンタリーフォトの大スクリーンでの上映並びに表彰式!興味ある人はしらべてみてー!

おっきなスクリーンでいろんな人がとった写真を流しまくる。
DAYSに掲載されてる過去の受賞作品、フォトジャーナリズム学校の生徒の作品、外国人からみた日本の写真がひたすら2時間流れる。途中眠くなる。

最後にDAYSの編集長の広河隆一氏が自らとったチェルノブイリとボリビアの写真を流れた。
チェルノブイリでの事故がおこったあと、政府は施設から30kmが避難対象区域だと発表していたけど実際は数百キロにも被害は及んでいた。政府は立ち入り危険区域への記者の立ち入りを禁止したんだけど広河さんはあの手この手をつかってその土地にたちいる許可をもらったらしい。そこの写真はまさにしょーげきでした!!
ボリビアの写真はチェ・ゲバラがたどった地の写真。とりあえずきれいだった!!^^
チェゲバラの人生をもっと知っていればもっと面白かったんだろな。


当たり前の感想だけど、写真ってただの写真だけど撮り方によって全然変るんだなっておもった。
あと撮影する人の考えてることが写真に現れるんだなって。センスはもちろん必要だけど、そのひとの問題意識とかが作品にすごい反映されるもんだとおもった。そういうメッセージを想像しながらみるのが昨日は面白かった!
ジャーナリストは国を監視する役目があるんだなって改めて思った。
その点他のいろんな職業の人とかよりも強い効果を発揮する!




てか最近日吉があついよ!なんか講演会とかイベントすごいやってる。
今日はかものはしプロジェクトをやってる方がきて、明日はフォトジャーナリストの森住さんがきて月曜日はNGO団体エクマットラがやってるドキュメンタリー?だかよくわかんないけど一般上映されてる映画が日吉でただで見れる!!
考えてみると大学って教育機関の最高機関でしかも慶応っていったらそりゃすごい力あるんだなって!




なんか人に公開していいのかわからないほどどうでもいい内容だな。
だし、読み返しててほんと文才ねーなーっておもう!
まあいっか!

2009年11月13日金曜日

fail fail fail

fail が続く日々。

通訳案内士の資格も落ちた。。

わらえなーーーーーーーーい!!!!

絶対来年また挑戦してやるからなぁぁぁあ

自己採点が間違ってなかったら地理が1点たりなかった。




こうしてfailが続いてるんですね。

日吉いにる間はふらふらしてもいいって思ってるけど・・。こんなにいろいろ落ち続けるとほんとに危機感を感じる。笑

就職なんてまだ先だけど考えとかないともしかしたら取り返しのつかないことになるんだ。
昨日から考えてたのが

一人で不自由なく暮らしていけるくらいのある程度の良い稼ぎがほしい
英語を使うとこ(外資ではなく)
海外赴任できるとこ


はい 今の就活生がみたらムカつかれるような内容ですね。でもいいんです理想だから。
てかこれうちわだけに公開にしたほうがいいきがしてきた。笑

留学おちて、私費留学は。。ちょっと無理そうだからちょいっと調べてみたら
projects abroad
っていうアイセックみたいなとこを見つけたよ。
発展途上国に1~3か月行ってインターン、ボランティアをするっていう内容。
インターンの内容も医療、法律、建築、ジャーナリズムっていろいろある。
ジャーナリズムには興味あるからそういうのインターンとしてできたら良いと思った。
でも高いんだよね 約30万プラス交通費。



今まで全くニュースとか見てなかったけど最近雑誌とか新聞でちょいちょい見るようになってきた。
なんだろう、とりあえず大手といわれる雑誌新聞にはすべて目を通したい!!目標。


あと、ゼミ選びに関して。
メディアを勉強する法政のゼミを受けようと思ったんだけど・・。
メディア・ジャーナリズムを勉強するのってどうなんだろう??
今の自分のやりたい事には二つ軸があってそれは
知る と 伝える
伝える を勉強するならその法政のゼミ。
知る を深めるなら実践経済学系もしくは開発系を受けようと思う。

やっぱ社会を知るってことに経済は欠かせなそうだから・・よくわかんないけど・・経済学部なのに経済わかんないとかほんっっっっとうに乙だとおもいまして。



ほんとに乙って最近の自分にしっくりくるんだけど。
もうヤケですよね。生活ぐっしゃぐしゃだし。こんなブログ公開するべきじゃないのかな。
気分悪くさせたらごめんなさい。

2009年11月6日金曜日

いってもしょうがないことをいいたくなる

っていうだめなやつ

交換留学選考おちました!

それで、今思ったんだけどあたしは多分何かをがちでやりたいんだっておもった

留学してる先輩のブログみて、授業がまじえぐそうで勉強ひーひーいってて
そんな環境にあこがれたんだと思う。

っていうか学生は成績で判断されてるんだよね 
確かに大学の授業まじめに受けてませんでした。だから成績が悪いのも当然だし別にいいやとおもってた。
でもそれがここで響くなんて思ってもなかったよね。

落ちたのはしょうがないし別に全然負けだと思ってない。
でも留学落ちてなんか将来のことが現実的になった。
今までうまくいきすぎてたんだ受験も資格も全部。すべてはオランダのとき培った英語のおかげ。
実力っていったら実力だけど、いつもハンデをもらってるかんじだった。
その英語力も今ではあやういという!!

いってもしょうがないしこんなこといってんのださ!


今回のことで学んだことが一つ!

計画性
しょーじき慶応義塾大学に成績だけで見切られたのは悔しいけど、計画性をもってればいくらでも挽回できたことだった。前期の履修登録の時点で成績のとりやすい授業だけ履修するとか。

あと中学とか高校とかで、とりあえず勉強しなさい、っていわれる意味がわかった。
真面目に何かやってれば選択肢は増える。わかってたけど、自分には関係ないと思ってた!




SPREADの話

一時的な行動だけで満足するのはやだ

だけどもし自分がそこで動いたらとりあえずその場の何人かは助かるかもしれない。
となると動かないより動いたほうが何かしらプラスにはなる。それが超一時的な助けだったとしても。


今日大学の授業でマザーハウスの副社長の山崎さんがいらっしゃった。
マザーハウスの説明は省略。興味あったら調べてみて。

バングラの工場では20人の現地人をやとっていて彼らには保険、健康診断を設けて給料や待遇も良い。というか日本で当たり前とされるレベルで。

でもバングラで20人しか助からないよね?他の人たちはどうなるの?マザーハウスがバングラに貢献してることがあったら教えてください。

って内容で質問したら、
今はその20人しか雇ってないけど、バングラの経済を全体として豊かにすることが大切だっていわれた。
つまり、会社が大きくならないと多くの人を助けられない。てことは今は小人数しか助けられない。
でもそっから始めるしかないし、その20人の生活は確実によくなった。


言われたとーり、頭でっかちに動かないよりか動いたほうがいいんじゃないかね。
アイセックだってそうやん。
アイセックに疑問を感じながらマッチングしたって結局EPはきてなにかを感じる。
マッチングしなかったらEPはこれない。
まあすごい差ですよね。



山崎さんの講演会のあとずうずうしく質問しに行ったら一緒に昼ごはんたべられることになってらっきー!
先輩のあとついてってよかったwずうずうしさを学んだ瞬間。


あーーあー
目指せスーパージェネラリストとかいって・・なんもしてない
学校行くと友達と話すのが楽しすぎて、予定してたレポートとか結局もってきた本も読まない・・・・・・・
悪いことじゃないと思うけど、どっかで時間見つけないとね・・



はいはい なんかあたしまじめだなー笑
無駄に真面目で怠惰。
うおーうまい。



おやすみなせい。

2009年10月29日木曜日

super generalist!!

いやー最近思うけど
アイセックはいってよかったなーって

なんかねー今まだいるのかいないのかわかんない状態だけど
みんなのことすきだわー!

EBsは彼らの中でいい友情をきづいてそれはちょー素晴らしいと思って
それをみてうらやましいっておもうけどあたしはあたしの立場からみんなを見守って(V)o¥o(V)います笑



そうだねそうだね今日思ったことはー
情報共有の大切さ
あいせっくにいたときは、なんでしなきゃいけないんだ。。めんどくさいって思ってたけどほんとに自分が組織で動くときは情報共有は欠かせないんですね・・!

あとフィリピンにいくことについて。
今先輩主導でSPREADっていう団体を作ろうとしてる。(命名あたし♪)
発展途上国であるフィリピンの貧しい子供に服と靴をおくるというもの。
先輩が考えてること尊敬するしいい考えだとは思うんだけど
あたしはまだその底辺の生活を目の当たりにしたことがないから、それを本当にしなきゃいけないのか
また、目の当たりにしてから自分がそれをしたいと思えるのかってのがわかんないから
それに参加することにまだ疑問持ってるけど、とりあえず!!!
この冬に行く(であろう)フィリピンのゴミ山での生活を通して自分が何を感じるか楽しみなので
フィリピンから帰ってくるまでSPREAD立ち上げのさいに感じるもやもやややややは置いといて!
どんだけフィリピンでの生活充実させられるかにこれからの期間を使おうと思う!

うん!

で、あっちでは記事を書こうと思う。(もちろん自己満の)
稚拙でもわかりやすくあっちの現状をかいてかいてこうとおもう。

ジャーナリストになりたいっていまはいってるけど、その勉強だけしててもいいものかけなそうだから
とりあえずスーパージェネラリストになりたいとおもった!
多分普通にあたしは人よりいろんなことの知識と語彙が少ない・・・・・・

そこでお勧めしたいのが
courrier japonていう雑誌!
国際ニュースのセレクト雑誌っていうのかな?

あとDAYS JAPANだっけ?
フォトジャーナリストの写真と記事の雑誌。
見てるだけでとてもいい。
そして文章が難しくないからあたしにも読みやすいw



最後に★


甘いのは百も承知で、しかもその態度が許される
っていう環境を利用すれば良い


はい、my lover愛さんの名言で締めくくりたいと思います!らぶゆー!

2009年10月24日土曜日

きのうねー

前の日記は抽象的すぎたということで


最近先輩に誘われてある映画を見に行きました。
映画「BASURA」
フィリピンのごみ山で暮らす人々の生活を写したもの

監督は何年もフィリピンに住んでてそこで奥さんもらって
フィリピンの現状に問題意識をもってこの映画をとろうとおもったひと
BASURAの前にも二作ある。
神の子 忘れられた子供たち


そして、その先輩にBASURAの打ち上げに誘っていただいた

そこには監督とかスタッフの人、あと先輩が誘った国際協力に興味のある大学生がいた。


何から説明していいのやら・・・

酔っぱらったのもあってそこにいた大学生とは気が合ってわいわい話してたんだけど

監督と話した時、いろいろ言われて悔しかった。
で、言われたことを要約すると
あたしは甘いということ。


スピリチュアルカウンセラーを顧問に置いててその人のことばを監督は信じてるみたい。
あたしもその人に見てもらったけど、たいしたこといわれなかった。
他の人はいろいろいいこと言われたみたいだけど。


そして昨日はもっと監督のことを知るために先輩と自宅に訪れた


監督は伝えたいことは人並みはずれて想像つかないいーことおもってるけど、それを伝えるときに人を見下すというかバカにすると言うか


まぁ昨日は監督がどういうひとかちょい分かった気がするからよしだな

言いたいこともいえたし


フィリピンにいったら、耐えられないかもしれないって思われてる…


人のこと見ただけで分かる人ってほんとにいるの?

あたしって見た目だけだったらそんなにだめなやつ?笑

確かに自分のまわりにポテンシャルをかんじるひとはいるし自分ポテンシャルないなって感じるときある


監督とスピリチュアルカウンセラーに感じ取られたのはこのこと?


でも卑屈になることはないよね
こんな悔しいのは久々てか、大体大学とかそーゆう環境とかふくめて何もしなくても人に認められてきたから

叩かれることは良いことで今あたしに必要なことなんだねー



監督のおこさん二人は、まだ会ったの二回目だけどすごい好き!
とーても純粋!


この日は先輩んちで前二作の映画をみるはずだったんだけど
急に気持ち悪くなって断念。

今日は一日中寝てた。



ほんとに人に認められないって悔しいことだね

2009年10月21日水曜日

お久しぶり

こんにちは


トルコから帰ってきてからのあたし。

二年生になって
アイセック休んで
OVAL参加して
資格勉強して
メキシコいって

なんかやりたいことが見えてきた最近

ジャーナリストになってみんなに自分が感じたことを伝えたい

とおもって

留学応募して

なんだかんだいろいろしたりしなかったりしたら

すごい、いい仲間にあって

バスーラっていう映画をとった監督にあう機会ができて

ディスられて期待されて

フィリピンにいくことになりそう。



まだまだ何も決まってなくて

でも自分で動いて作り上げられそう。
だからほんと面白い。

ほんとうに人を成長させるのは人

人人


今までの出会いと今あってあたしに刺激をくれてるひとたちに感謝


この環境にあたしを置いてくれた家族エトセトラに感謝


素晴らしい友達と先輩と後輩に感謝

2009年4月6日月曜日

ただいま

放置してた・・!

意外にいろんな人がこれ読んでくれてるっていってくれて
なんか申し訳ないような・・ありがたいような・・

J子に読者無視っていわれたけど笑
まあすなお~にかけてよかったってことだね!!

日本帰ってきて最初の30分だけカルチャーショックをうけてあとは
完全復活しました。
なんかさみしいというか、やっぱ慣れ親しんだ母国パワー?

みんなに「大変だったみたいだね・・」
っていわれるんだけど笑 なんで??それはあたしのブログのせい?笑

昨日立教大学委員会の新歓いってきて(清水さん感謝です!)いろいろ話聞いて
ちょっと話して、高校の同級生のみさちゃんにあって一緒にあいせっくの飲み会いって、
懐かしい話からなんやらいろいろ話して、もっといろんな人と話したいなーって思いました。


あと一回最後に総集編をかくんで
あたしのぐちゃぐちゃ頭がまとまるまでちょっと待っててください。

それと、なんか読んでくれた人、ありがとうございます!!
帰ってきて、「読んでたよ~」っていってもらって、嬉しかった!
恥さらしてたのかもしれないけど。。まあ。。


それではまたまた。

2009年3月20日金曜日

書けるときに思ったことを

一週間ちょい前に書いたブログの下書きと日記を見返してみた。

ちょーどまた不満が爆発してた時期ですんごいいろいろ萎えてて
ほんとーにどうしようもない時だったんだけど
なんかいろんな要素が重なって、いろんな人のメールとかいろんな人の話とかきいて
ふでばこにいれてた年始にひいた大吉おみくじに書いてあることみて、なんかこの研修はこれを教えてくれようとしてるのかなーって思ってます。

まだわかんないんだけど、残り二週間弱これが実行できたらいいと思います。

こっちにきてからいろんな人に泣きついて話聞いてもらって、話聞いて
頭弱いからずっとぐるんぐるんしてたけど、これはこれでよかったんだと思います。

この時期にここにこれたこと、すごいよかったって思う。
マッチしかけて失敗してもういくのやめようかと思ったときに背中押してくれたあすみんさんありがとうございます。

お父さんとお母さんも、ここ見てんのか見てないのかわかんないけど笑
突然いくっていったのに二つ返事で行かせてくれて、パスポートとかなんだかんだいろいろありがとうございます。

おばあちゃんも、(たぶんおじいちゃんも見てるんだろう)
いつもいつもメール送ってくれてアドバイスしてくれて、トルコまで本五冊も送ってくれて
まだ読めてないけど・・ありがとうございます。

めいけーのみんなとかバスケ部とか
送り出してくれたけいおーのアイセックのみんなとかクラスの子とか先輩とか
一番迷惑かけたけーたとか

大っきらいだった、世界平和とかうそでしょって思わされるようなアンカラLCとか

大好きなOCとか、よくわからないOCPとか、
なんかほんとにありがとうって思う。
腹立つんだけどなんかありがとう。

ホストファミリーのiboはもうお兄ちゃんってかんじで、ほんとにお世話になって、まだお世話になるけど。


実は結構柔軟だとおもってたら慣れない環境とか人に対してかなり頑固で抵抗してて
それを教えてくれた年上のメンバーとか先輩とか
一緒に苦しんだメンバーとか thank you!!!!


この一週間遊びまくってるんだけど、
残りの日々も遊びまくって超楽しむことにします!へへへへへ

最近、あれここどこだっけ、あートルコかーって思うことがよくあります。トルコってこんなとこなんだなーへーって思ったり
最近、どうせみんな時間道理に来ないんだからおくれてやれっていうてきとーなトルコ人ノリが染みついてます・・前まではみんながやたら遅れてくるから日本ではありえないような超punctualな人になってた。笑



今日はサフランボルっていうアンカラから三時間くらいの古い家がたくさんあるところにいってきました。何気に世界遺産らしい。
古い建物っていうとタイのスコータイを思い出す。あれはたぶん世界遺産?だよねたぶん。あれほどの世界遺産の威厳は感じなかったけどあたし古い家とか大好きだからまじ満足した!

サフランボル行きのバスでちょっと事件。
今日はakinっていうトルコ人一人とあたしとメンバーのもう二人でいったんだけど
バスの中でakinが無免許ガイドと勘違いされた。。
akinがくることになったのはあたしたちがバス予約した後だったから席が少し離れたところになっちゃって、バスの後ろの座席が空いてたから移れるかakinがバスの人に聞いたらすごい怪しまれて、
まあ日本人中国人ブラジル人を連れたトルコ人だからね。あやし言っちゃあやしいのかもしれないけど
友達だって説明しても信じてくれなくて、カメラの中の前の写真見せてようやく信じてくれた。

なんか日本ではこんなことないからちょっとびっくりした。


明日からひとりで黒海のほうまでいってきます。バスで13時間・・
iboの親戚んちにお世話になる!
この時期に二日も丸々みんなから離れるのどうしようかと思ったけど・・いってきます!!

2009年3月9日月曜日

women's day

昨日から一泊でまたみんなで小旅行してきました。
場所はカッパドキア。アンカラからバスで4時間のとこ。
何百もの30メートルくらいのキノコが大地から生えてるかんじのとこです。
カッパドキアって検索してみて!!まじきれいなとこだから!
みんなでミニバスチャーターして貧乏旅行!!トルコはバス会社がたくさんあって、やすい!

帰ってきたらベッドに花束が!!
そうなんです。今日はwomen's day!!!なんです!!!ホストファミリーが買ってくれました。
なんで日本にはwomen's dayがないのか!こんなに素晴らしい日が日本にないなんておかしいじゃないか!
てことで三月八日はwomen's day!覚えましょう♪

日本にいてもトルコにいても余計なことばっか考える・・
トルコにきて一か月。中だるみしてきてると思う。風邪もひいたし。
環境に慣れるって怠けとあきらめの親だよ!!

毎日楽しい!!これはほんと。
でも楽しいだけじゃだめだって思ってなんか「意味のあること」求めるんだけど
何が意味あるのかなんて今わかるもんじゃないって言われて、意味があるって認められることをすることで自己満足してるっていわれて、よくわかんないけどそうなんだろうなっておもって。
こっちにきて、くる前の目標が抽象的すぎたことに気づいてそっから目標ってなんだろうっておもって
たてなくてそしたら線路がなくなった感じがして。
willがないとこにはwayはないみたいです。人と比べて凹んで、あんま日本と変わらないじゃんー
いっつもいっつも人に励まされてばっかだから今回ばっかりは自分でどうにかしたほうがいいんだと思う。
助けてもらってそれが自分の答えだと思っちゃうから笑


そんで・・
大好きな台湾人二人が今週末に帰っちゃう・・。台湾ではもう学校が始まってるから五週間で帰国。これを許すトルコのアイセックもどうかと思うけど、まぁさすがトルコ。
相談とかこの二人にすることが多かったし、アジアどうしってことでなんか和める二人だったからほんと悲しい。。。


あ、そうそう
カッパドキアでおこった事件二つ。(大したことじゃないんだけど)
ひとつは、カッパドキアの名物の骨とう品やで買い物してレジでレシート貰えなかったから
電卓借りておつりがあってるか計算してたのね。二つ買ってそれぞれ75ぱーオフで、計算超難しいじゃん!!っておもって
かけるんだっけーわるんだっけーとかあれおつりいくらもらったんだっけーってやってたら
店の人に、
「馬鹿じゃん?本当に日本人?四分の一の値段にすりゃいいだけじゃん」(もちろん英語で、似たようなことを)
言われて・・自分の馬鹿さにあきれる前にこの店員にむかついて逆に脅してでてった。笑

学校でも子供たちに日本人とかfar eastのひとたちのことどう思うー?ってきくと
お世辞かもしれないけど必ずintelligentってこたえがかってくる。
(この質問をすると必ずどっかで両目のきわを引っ張ってあたしたちがやる「中国人」の目をつくる生徒がいる。)日本人って頭いいと思われてんだね・・

日本のみなさんすいません。。。

んで二つ目。
ホステルのロビーでの話。
(ちなみに泊まったホステルはカッパドキアの岩の中にあるホステル!!朝食付きで一人1500えーーーん!)
アメリカ人のグループにちょっと英語のつたないトルコ人がアイセックの説明してたんだけどみんなキョトンとしてたから、
「みんなわかってないとおもうよ」っていったらホステルのオーナーに
「いや、みんなわかってるよ。日本人じゃないんだから。」
っていわれてまたなんかイラっときた・・・!!
なんでなんでなんで一日に二回も日本人ネタがーーーーーー
日本人って英語できないとおもわれてんのかな!?
確か世界で北朝鮮の次に英語ができないっていうランキングがあったけど、リスニングとかスぴーキングとか何力をはかってるのかわかんないしさすがに北朝鮮の次はないんじゃないかと・・・おもってたんだけど。
ゲストブックみたらコメントの大半が日本人と韓国人のもの。
たくさんの日本人をみてるんじゃないかなとおもった。
あたしより誰より日本人を客観的に見てるんだろうね。むかついたからオーナーとはもう話さなかったけど話しとけばよかった。

明日から四つ目の学校にいってきます。
 

2009年3月4日水曜日

わんことの友情

トルコにきて、もうすぐ一か月。
最近はとってもアクティブにすごしてます。

今週は木曜日の夜にMMFのみんなでイズミルにいってきました。
イズミルはエーゲ海沿いの町で海と町並みで有名。
アンカラはトルコの真ん中だから相当遠い。
夜行電車で15時間以上かけて移動して
一日目はそこから一時間のセルチュクのホステルにみんなでとまって
エフェソス遺跡をみて、海に行ってきました。
二日目はイズミルに戻って海沿いを歩いて有名な場所にちょこちょこいって
まあほとんど散歩&ぶらぶらしてまた夜行電車にのって帰ってきました!

ホステルのオーナーがいい人で、(見た目皮ジャン、グラサンで怖いけど)
この時期客が少ないということで食べ物とお酒もって海までドライブしてくれてみんなで浜で焚き火した。
空には月と星がトルコの旗のかたちにでててこんな偶然に感動。
高校の時から進路面談のときに、「世界中の人たちが集まるカフェやりたい」(だから経済学部か商学部をうけるっていうちょー無理やりな動機)っていってたけど
それってホステルなんじゃないかって気づいて定年したらホステルをやることにした!!笑
みんな泊まりに来てねー。

二日目の朝
あたしトルコに来てからやたら早起きになって一人で六時に起きだす。
冷水シャワーをあびて・・起こしても誰も起きてくれないからひとりで朝のセルチュクを散歩!!
とまったホステルのまわりには、世界の歩き方のセルチュクのページにのってる見ものの半分くらいがのってる場所にあったのである!!!
なのに早朝ってのもあってか人が全くいない・・人気がない・・ここ本当に有名どこなんかいってかんじ。あるいててびびった・・。こんな有名なものいっぱいあるところだったの!?ってひとりでうはうは!
でも人がいない・・いるのは・・2匹の犬だけ・・

そのうちの一匹の黒い犬があたしめがけてもう突進してきた!!!!んで吠えまくる!!!!

こわいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
逃げ出したら追ってきた!!!!!!
犬だったら確実に追いつけるはずだったから、本当に襲うつもりはなかったんだろうけど追いかけてきてガオガオガオガオガオガオガオ
すると!!
一匹のかわいい白い犬があたしを守るように前に出てきて凶暴犬から守ってくれた!!お互い吠えまくって体当たりしまくって・・・・しかも白い犬は後ろ脚が一本悪いらしくて三本の脚で頑張って闘ってくれたーーー・・涙涙

白い犬が頑張ってくれてるすきにあたしは逃げる。なのに黒い犬は追ってくる・・泣

200メートルくらい逃げたところで後ろ振り返るともう黒い犬は去ってて白い犬がずーっとあたしのほう見てた・・。
あの犬なんだったんだろーーなんで助けてくれたんだろーー。
とりあえずめっちゃ感動・・。

んでそのあとにお城にのぼって人生初の日の出をみる!!
もう少し散歩するとまた同じ黒い犬の影が見えたのでホステルに逃げ帰りました。


なんだかんだ充実した朝だった。

イズミルは町並みが本当にきれいだった。
アンカラは西洋風でちょっとトルコのほかのところとは違うよっていわれてたのが納得!

ちなみにイズミルには16時間かけて夜行電車でいった!!バスだったら八時間だったんだけどね。笑
でも世界の車窓から的なかんじですごい満足!!トルコを横断する形だったんだけど
ある地域はすごい雪つもってるのにある所は晴れてて
ある所はこんなところに人住めんのかって感じのとこから人が出てきたりしてあるとこは何もないところに
家がぽつーんってあったり小さな町には必ずひとつモスクがあったり
その町のすぐ裏は崖だったり。

そしてほとんどの時間あたしは寝てました!!寝すぎてあきれられた!眠りキャラはトルコに来ても健在!!

このtripはトルコ人なしで全部計画して実行できたから、まわる効率わるくて惜しい部分もあったけど
自分たちでいけたことに意味があるんだ!!笑


次に学校のこと。
二つ目の学校にはなんかインパクトを受けた!
一つ目の学校は地味めなかんじだけど、この学校はトルコで一番成績優秀な公立高校。
メガネちゃんばっかりかとおもいきや、11th grade以上の生徒の過半数は煙草を学校ですい、
制服なんてないんじゃないかってくらい自由にdressしてるし、
lesson?that's not impoortant.っていう基本スタンスだし。
なんかおかしい!!!!!
頭がいいから自由にやらせるってかんじ。あたしのイメージでいうと土浦一校。(よりひどい)
生徒やっぱ英語ができるひとが多い。もちろん人によるけど。
日本とかアジアってすごい受験競争社会ってイメージあるけど
トルコもしかりってかんじだった。12年生になるとみんなOSSっていう全国一斉試験をうける。センターみたいな。
そこでは毎日5クラス平均でもったんだけどその半分はプロジェクターがないクラスだったからフリートーク。授業始まると(みんなチャイム10分後着席)各クラスに放り込まれて話す。。むちゃぶりーーー
っておもったけどみんな意外と質問してくれてなんとかやりきる。

ひとつ印象に残ってるのが歴史のクラス。
この学校はほとんど理系で学年ごとに一クラスだけ文系クラスがある。
なぜかそこの歴史の授業に放り込まれて。。

トルコは平和そうにみえて(あたしには)実は東西で違う人種が住んでて
東の一部にはテロリスト集団がいていろいろ問題になってるらしい。
教育が遅れてて一部の人たちに固定観念を植え付けられて西に対抗してるらしい。
だから東にもすごいきれいなところいっぱいあるのに危ないからほとんどだれも行かないみたいなんだけど、we the new generation will change the situationっていう心強い発言をしてて、若いっていいなっておもった!トルコ人は政治のことを話のがお好き。
PKKっていう党があるんだけどそれがテロリストグループとむすびついていて、そんなグループがマイノリティでも政党を持ってることに驚いた。
アメリカ、ヨーロッパが東に武器を渡して西に対抗させてること。トルコの発展を恐れてることとか聞いて、ヨーロッパ、中東で周辺国とのバランスを保つのは難しいとおもった。日本ってホント珍しい環境だよなーー

トルコには徴兵制がある。
14か月の徴兵を全男子が受けなくてはいけない。トルコには訓練場があって、ヨーロッパで一番強力な軍がある。国家予算の大部分を軍に費やしてるらしい。
日本は軍にどのくらいかけてるのかなーーーでもそんな大きくはないんじゃないかな。
国防にすごい予算をかけなきゃいけないのは残念なことだとおもった。
日本の戦争をもうしませんっていう憲法・・忘れたけどなんだっけ・・それ素晴らしいー
でもトルコ人は大きな軍をもってることを誇りに思ってるみたい。

昨日は先週いってた学校の生徒のうちに泊まりに行った。
彼女はEsinっていって18歳。高校最終学年の12年生。OSSっていう日本でいうセンター試験に向けて勉強中。
お父さんとお母さんが軍人で(最初はびっくり!!)military area っていわれる軍人のガ族が住む地域に住んでる。入る時に軍のIDみたいなのを必要とする。
そこは柵に囲まれてるところにマンションが立ち並んでいて幼稚園小学校高校(トルコには中学校がない)、お店も一通りそろっていていわば小さな村みたいなコミュニティーだった。
Esinはすごい興味深い子。自分のことspiritualistっていって家に行った時掌に乗っけたお札を曲げたり、自分の部屋に三年前から住んでるあたしには見えない友達について話してくれた。(まっっっじ怖かった。背中ぞくぞく)
お父さんはトルコ中の銃を管理する仕事についていてお母さんは軍のナース。Military area っていうからどんなんかとおもってたら、普通のマンションの一室に住んでいて居心地のいい部屋にセンスのいいインテリアで住みよさそうな家。

ごはんごちそうになったあとに家族団らん。
なんかトルコ人の家の家族団らんって見ててなんか恥ずかしくなる・・みんなやたら仲良さげで愛情表現しまくりでついていけない!
あと日本だったら「お父さん」は遠くから娘たちの会話を見守るってかんじじゃない?
でもトルコではお父さんが会話に入ってくるだよ!!!笑
ていうか、家族の中にguestがはいっていくってかんじ。もてなされてるけど、家族に組み込まれるっていうか・・。
うちだけかな??うちだったお父さん確実にあたしとあたしの友達の会話にははいってこないよね。笑

トルコの家庭はほんっとにお客さんを大切にする。
その文化が子供たちにもしみわたっていて、何をするにも
No problem, you are my guest.
ってかんじ。
高校でも、確実にごはんとかお菓子とかおごってくれようとするし。

なんか日本との違いがありすぎてほんとなのかその人の性格なのかわからなかったけど、guestを大切にする文化は本当に強いと思う。

2ヶ月間もguestになり続けられるあたしは幸せもんだな。







あ、ちなみに今日は弟の誕生日です!おめでとー!15歳?

2009年2月23日月曜日

Turkish family

最近口が回らない
英語がうまく出てこない・・
頭ではこういいたいっていうのがあるのに口からでてこなくて・・
一つの文章をいうのに二個くらいに区切って、えーっとって考えてしゃべってるな最近。

最近日本語喋りたくなってよくみんなに日本語で話しかけてる笑


最近のできごと!
学校一週目終了!
子どもたちは涙を流してお別れしてくれました。(別に涙流されるようなことしてないのに・・)
子どもたちはほんとにあたしが思った以上に日本に興味もってて
日本ってすごいとおもった。
こんなに遠い国に知られるだけの価値をもつ文化と技術をもってる日本はすごい。
なんかこんなに知りたいとおもってくれてるのにあたしはあんまりわかってなくて
申し訳ない気もしたし、知らないことで自分損してるな、もっと話してあげられたらなっておもう。

折り紙、習字、別にそんなに興味持たないだろうなとおもってもっていったものも
興味津津だしめんこ、おはじき、特にけんだまは大人気。

まだ一週目だから本当はよくわかんないんだけどね。

大きな出来事二つ。
ひとつは生徒のうちにおよばれしたこと!
学校おわったとに、バスで30分のハシャっていうおんなのこと
アジア大好きなシネムっていう女の子とハシャのうちに行く。
丘の上にある家で、バスを降りると雪がつもってて別の国にきたみたいだった!

警察官のお母さんと、優しいお父さんとおばあちゃん妹とくらすハシャの家は本当にすてきだった。
家族がいれば幸せですってかんじの家庭!!
おばあちゃんはトルコ料理をたっくさんつくってくれた!!
御飯が終ったらみんなで団らん。
なんていうんだろ、とにかくあったかい。
客をもてなすことをすごい幸せなことだと思っててできる限りのことをしてくれる。
いつの間にか五時間くらいたっててあわてて帰宅。
帰りはわざわざお父さんとお母さんが送ってくれた。

今日は、てかさっきまで違う学校の先生の家で夜ごはんごちそうになった!
アイセックは5つの学校と契約してて二人ずつ違う学校に一週間ずついくんだけど
違う学校に行ってた二人組の先生から招待された!
っていうのは先生が日本いったことあるかららしいんだけど。
一緒に行ったのはブラジルのleaondro中国のlianインドネシアのlenaと。
先生のうちは・・・とにかくすごい。
インテリアが世界中の小物とか置物とか絵で埋め尽くされてる。ジャンルが違うものもたくさんあるけど
そこをセンスよくかざってて気持ちがいいアパートだった。
先生は世界を旅してて数えきれないほどの国に行ったらしい。
去年5週かん日本にいて北海道から九州までいって、富士山にものぼってしまう人。
やることがうちのおばあちゃんとおじいちゃんににてる。笑
人生たのしんでんなーってかんじだった。
家には他にもトルコ人の生徒が三人よばれてておもしろかった。
音楽をかけ始めるとブラジルの血が騒ぎ出したleandroがサルサ踊り始めて、
あたしもこの前イボにサルサのレッスン連れてってもらって駆け出しのへたくそサルサをおどる。
日本に帰ったらサルサとかチャチャチャ習いたい!!サークル見つけよ♪
(あ、あと絶対LCにアイセックダンス広めるから!!!!!LCMのあと練習するよ!!ひろたさんあたしに五分ください。)

食事が終るとturkish coffeeを飲む。普通のコーヒーより濃くてエスプレッソより薄いこのcoffeeは
飲み終わったあとのfortune telling が面白い!!
ちょっとだけ残しておいてそれをお皿の上にひっくり返してしばらく待つ。
カップが冷えたらカップについた模様をみて占う。
呼ばれてたトルコ人の一人がこのfortune tellingをできるらしくてみんなの運命をみてもらった!
以下あたしの運命(?)
近いうちに誰かに怒られる(まあありえる)
近いうちに誰かから電話がかかってくる(かかってこない)
魚が見える 幸運のしるし
うさぎが二匹見える
Jの頭文字をもつひとがあたしにいい知らせを運ぶ(明日Jasminaと学校にいきます!)
バラがみえる
ピュアなハートがみえる(そのとおり)
願いがかなう

まあこんなかんじ。やたら真剣にみてくれたからこっちもドギマギしてしまった。
他のひとたちの結果も爆笑ものでおもしろかった^^
leandroには近々ブロンドの美女があらわれ、
ラッキーnoは8。ピラミッドが見えて魚が見える。大きなハートがみえる。
今日彼女と別れたleandroにはいい結果だったんじゃないだろうか!


話は変わって
あたしのホストファミリーのイブラハム(通称イボ。笑)はあたしが帰ると必ず
自分がごはんおわってるのに一緒に食卓に座って話してくれる。
最初は悪いと思って一緒にいてくれなくていいよっていったけど
これはトルコの文化なんだ。っていいはって必ず一緒にいてくれる。
トルコでは家族全員がそろってご飯食べるのは本当に当たり前のことなんだって。
日本もなんかそんなイメージあるけど、ほとんどの家がちがうよなーっておもう。
あたしが大学生だからなのかな。

トルコ人にとって客人はとっても大切だっていうことは知ってたけど
なんか身にしみてかんじたなー。
もちろん家庭とかによって違いはあるんだろうけど。
こんな遠い異国で日本と同じ文化にであったよー



昨日はアンカラから二時間くらいで古い家とかが残るBypzzariってところにいく予定だったんだけど
雪で中止に。連絡がきたのが集合30分前で、また直前に・・・とおもって一人で怒ってたら
台湾のmolitaに
dont punish yourself because of someone else's fault
っていわれて確かにと思った。
こんな小さいことだけどいろいろ言われて気づかされることが最近よくある。

一つ一つ忘れないでストックしていけたらいいなとおもう。

なんか眠くてわけわかんないこと書いてる気がしてきた・・


旅行だったらその国を一つの理想として自分の中でおわらせることができるけど
今回の研修はそういうわけにもいかないんだな。
ここの人たちにも日常があって大変なことがあって家庭事情があって会社の問題があって学校があって勉強があって彼氏彼女もいて両立しなきゃいけなくて
ああ日常生活だなーっておもう。笑

ああああよくわからなくなってきた!!!
おやすみ!!

2009年2月19日木曜日

first day of school

と、その前に

MMFインターン生の不満が爆発

アンカラの信用ががたおち
みんなで帰ろうかとも思った。

こんなひどいorganizationは初めてみた笑

うん
とおもったけど、まあ落ち着いた。

集合時間をまもらない(まあこれはいいとして)
事前に予定を知らせないってかわかってない
契約を守らない
予定をその場その場でかえる
んで、都合がわるくなるとすぐ周りとトルコ語で何か話し始める。

そしてOCPの逃走 笑

連絡がつかんのよー

そしたら今日彼氏といっしょに夜あるいてるところを発見したよ!
MMFの仲間と一緒に街で10年前にはやったi'm a barbie girl♪をair karaokeしてたら
発見してしまった!!
いや~~みたくなかった。
三日間うちらを放置して音信不通になって、やっとみつけたとおもったら彼氏とデート!!!!!
ふっっざけんなああああ

いや別に彼氏となかよくしてるのはいいよどうぞどうぞ
でもそしたらこんな責任ある仕事引き受けるべきじゃないよね

あたしたちも昨日ほんとうは学校にいくはずだったのに、車に乗ってから
今日はyukoたちの学校はいけないから違うところに行くよ。
っていわれて、
いきたくなかったら帰ってもいよ
といわれ
唖然!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

一緒に学校にいくはずだったボスニアの子とともに唖然!
なんで早くいわないのか、一時間半も集合おくれといてオフィスでいわないで車に乗せてからいうのは
おかしいし、いったとしても帰りは?どうすんの?学校においてかれたところで帰りかたわかんないし
学校側もこまるでしょ、どうすんの。ってきいたら
まごまごいってごまかされた。

こいつ頼れないとおもってとりあえず学校について他のOCに連絡

イシルっていうアンカラLCで一番頼れるひとの一人、あたしの大好きな友達に二人で
今までのアンカラの悪いところをぶちまける・・。
結局その日はイシルの大学にいっておいしい学食をたべて学校見学をしてオフィスへ。

夜はLCPとおはなし。
その日のLCPの部屋はカオス笑

だってね、本当に心の底から頼れるのあいせっかーがほんの一握りしかいないの。
みんながその人たちを頼るから仕事は全部その人に。情報を持ってるOCPは音信不通だから
どうしようもない。

今日MMFメンバー内で話し合って要求を全部LCPにいった。
OCメンバーがダメだからこんなんになっちゃってLCPもかわいそうだけど
内部を見直すいい機会だとおもう。
もうアンカラには何も期待しないっていってる子もいるけど、
やっぱ自分がりあるヒラキャラであってもアイセックでやってるからこのまま引き下がるわけにはまじでいかないとおもった。

本当に問題があればMC(日本のトップのアイセック)、アイセックインターナショナルにメールすることもできる。そしたら日本だけじゃなくてMMFのほかのインターンの国からもこのプロジェクトに参加しなくなる。
こんなこと続けてたらLCはなくなると思う。


でもこのLCにちゃんとものをいうのはうちらが初めてなんじゃないかな
みんなと一緒にいるのはほんと楽しいし、この環境に自分がいることを悲観することも最近少なくなったよ。
前はみんなの研修と比べて意味ない意味無いとおもってたけど。

たまに連絡とる日本の人たちのことばがやけに身にしみて感動して
この人たちすごいなああ~~~っておもう今日この頃。


そいえば、さっき一人のあいせっかーから電話がかかってきて嬉しかった!
バイチャっていう人でかわいい名前なんだけどなかなかの紳士。
日本でいう福山雅治てきなかんじのひとなんだけど、その人から
yukoは僕たちが一人ひとりを気にしてないと思ってるかもしれないけど僕はみんなのことが気になるし大事だと思ってる。なにかあったら相談してほしいからこの番号にメールとか電話して!
っていわれて(日本語にするとやけにクサイ)うれしかった!それだけ!別に自慢じゃないよ!みんなにすごいやさしい人だから!
あたしが一番文句いってるの知ってて、みんなが泣きたい場面であたしが率先してすぐ泣くから気を使ってくれたんだとおもう。

そう。それで今日は学校にいったんですよ。
トルコのエリート中、高一貫校に。
(このプロジェクトはアイセックがトルコの学校6校と提携を結んでその授業の一日数コマもらって
プレゼンをするっていうもの。)
英語はgoodだった。

そしてまっっっっじスター扱いされる。もうひっぱりだこ。
昼休みはみんなに囲まれて食道に、ごはんがおわると校庭でバレーボール
授業にいかなきゃいけないってなると行きたくないいきたくないっていってくれて
帰る時は、明日またあえるのに
i love you so much don't go!!!!っていってくれるし
あなたたちどうしたの?ってくらいの扱いを受けた。
ほんとうれしいんだけどほんとにほんとにうれしいんだけど
なんでこんなに優しくしてくれるのかってほんとに謎におもって、嬉しいより、なんで?のほうがつよかった。
あたしはひねくれてるのか。
台湾のインターン生にあった生徒なんか本当に泣き出しそうなくらい喜んで、自分の天使のネックレスをあげたりしてた。
あたしはなぜかチェス室につれられて(トルコの学校にはよくあるらしい。教室にチェスが50こくらいある。)大勢の野次馬の中で14歳の男の子とチェス対決をさせられる。
そーいや14歳って弟と一緒の年だな。泰生は元気なのかな。

その子に
おれのチェスどう思う?って聞かれて

まあ14歳にしてはいいんじゃない?

って偉そうに答えたくせに辛勝。ださっ笑

午後は高校生におしえたんだけど、やっぱ高校生におしえるのは難しいね。
なんで二年しかちがわないのにあんな天使からだ天使に変われるんだろう。
反抗期ってやつですかね。

ちなみに通勤ラッシュ時の電車の詰め込み風景の動画はみんな大爆笑だったけどね。
あれみて爆笑してると、自分も通勤ラッシュにあっても結構楽しんで乗ってられるかもっておもった。笑

明日は午前天使に、午後だ天使にプレゼンします。

思ったのは中学生と高校生に同じプレゼンをしてもだめだってこと。
高校生は英語力も高いし子供だましのパワポじゃ、うちらの授業をただの座ってればいい楽な授業
みたいにとられちゃうし。such spoiled children!!!!
高校生にいかに興味を持って聞いてもらえるか、ぷれぜんのあとに質問がでてくるようなプレゼンができるかっていうのが大事だとおもう。
そして、向こうの学生は結構態度がでかいからびびってやったら完全になめられる!!
今日は威勢を張って頑張りました笑 ohhhhh spoiled children!!!!!!!!!!!!



夜ごはんはみんなでマック。欧米か!
いや欧米じゃないんだよ。こっちのひと欧米っていわれるのすごい嫌がるんだよね。
マックでごはんとかやだったけど、他に食べるとこないんだよね・・
カフェはたくさんあるんだけどねー。あとはピザとか・・サンドイッチとか・・
まじ大戸屋にいきたいっっっておもった!!!!

この帰り道でOCPを発見したんだけどね!
あーあー もうほんとにお願いだからもう少し責任感をもってください。



明日も学校だー!
眺めのいいバスの一番前の席に座れますように!

2009年2月16日月曜日

進歩??

こんにちわい!

ちょっとだけこっちの生活に慣れてきて、毎日みんなに会うのが楽しみになってきた今日この頃です。

今週は主にアンカラ観光。
町中にsimitっていう、まーるいパンをうってる屋台がいっぱいある。
simitisinmitisimitisimit
ってみんな連発しながらうってて最初ちょっと怖い。
3~4つで1リラ(1リラ=55円)
でめっちゃ安い。大量にある屋台一つ一つが大量にsimitをうってるからみんながどんだけ
パンをたべるのかがわかる。

昨日はプレゼン準備&うちのグループ唯一の男の子Leandroの誕生日。
みんなで1時間前に集合して飾り付けやら何やらを始める。ケーキとかお菓子かって、you tubeでhappy birthdayの音楽を用意してびっくりパーティー!
このブラジリアんの彼は昨日で24歳。みんな研修って一年目でいくひとは少なくてみんな年上。
でも台湾人の女の子二人は22歳、21歳にもかかわらず二人とも16歳に見える笑

この前、いろいろ思ったことをアイセッカーにはなしたら
「we think we are doing the best, what do you expect from us any more?」
っていわれちゃいました。笑
そして話が終るか終らないかのうちにオフィスをしめるじかんになっちゃったからむこう帰っちゃいました!

うーん 文化の違いか。
日本人だったらさ、ここで食い下がるよな。
なんで?何が悪いの教えて!って。
軽く失望したけど愛とかに話きいてもらって回復!!

それであたしたちの仕事は、アンカラの高校をまわって自分の国の紹介
あとglobal issue をひとつグループで決めて一週間ごとにその課題をかえてプレゼンすること。
今週のテーマは温暖化。
で、びっくりしたのが去年使ったプレゼンをそのまま配布。はい、これ覚えてきてプレゼンできるようにしてきて!って。
え・・・
これやる意味ないだろ。笑 あたし温暖化のことなんもしらないし、トルコ語でもっといい授業受けられるしうちらやる意味無くない?
っておもってまたいらいらしてしまう・・。
でもこれ絶対いったほうがいいよね・・言わなきゃ言わなきゃっておもってみんなに思ってること言ったら
他にも同じこと考えてる人がいて、みんなでこの解決策を考える方向に。

なんか今まで提供されることばっかやってて、前にも書いたけど受身じゃだめだとおもってても
受け身だったんだなーとおもって。初めてみんなで考えて提案できた気がする。
結局一人ずつ関心のあるテーマについて調べてそれについて6週間ずっと発表することになった。

経済学部卒業Leandroは経済について法学部のJasminaは水の大切さについて
理学部のLenaは環境について
ってかんじでまだ決まってない人もいるけどこんなかんじになりました。
あたしはー紛争についてやりたいかなー。でも政治的なことはだめっていわれたからどうだろ。

この前アイセッカーに話したときに、あなたたたちは何を目的にしてるの?っていったら
international understanding
っていわれて、いやそりゃそうだけど、それだけじゃだめでしょ・・って思ったんだけど
何も言えなかった。もんもんもーんってそれ以来考えてたけど
国際交流って人集めればいいんじゃなくてその国の問題とかそれにたいするそのひとたちの考えからを知ることじゃないか(大部分愛の発言から抜粋。笑)
っておもったーーーーー

アイセックやっててたぶんわかりきってたはずのことなんだけど、こっちにきて本当に思ったよー

うーん

だからオスマンがガザのプレゼンしたときとか、ちょっと意見偏ってた部分もあるとおもうけど
それは、それでいい。とおもった。
あってるかあってないかは受け手が考えればいいと思う。
問題意識とかってそうやってうまれんじゃないかなー

とかおもったりおもわなかったり。
あたしすぐ忘れるから書いとかなきゃ。
ブログいいよみんな!!あたし手でかくのめんどくさいから日記毎日かこうとおもっても
二日とか三日とかにまとめてかくかんじになるけどパソコンは楽。

あぁ現代人。

MMF(このプロジェクト)はいろんな人の手で作られててすごい企画だと思う。
けどやっぱそれは機会提供であってそれ以上のことは自分たちでやらなきゃいけないんだとおもう!

アイセックはそういう場なんじゃないかな!!

2009年2月13日金曜日

not big deal

not big deal


アイセックの不満をさりげなくたらしつづけて二日間。

今朝、ホストファミリーとご飯食べてて
we have to try to do everything for you because we are your host
we dont know if the guest is hungry, or sleepy, or tired or.. so we have to ask.
it is part of turkish culture to greet our guests.

ってさりげなくいわれてめっちゃ感動したーーーー
んでさりげなく泣いてたら夜ごはんの時に、朝泣いてた?とつつこまれる。

そのときaiesec is not big deal
っていわれてなんか気持かるくなったーーー
ホストファミリーもアイセッカーでいろんなところいっていろんなことしてるひとだからすごい説得力あった

you'll realize aiesec is not big deal when you experience many things and go around the world みたいなことをいわれた。

これに反対する人もいるかもしれないけど、本当に悪い意味でいったわけじゃないし、まあそれはひとそれぞれの考え方ってことで、許して!

なんていうか
期待しすぎのたよりすぎってやつかね
ちょっと反省!


昨日はホストファミリーにミーティング後にサルサダンスにつれてってもらう!
あたしまっっじへただーーーーーー
ホストファミリーがダンスの練習相手になってあげてる女の子は16歳だけど英語がしゃべれた!
学校でフットサルチームをつくったんだかつくってないんだかで
リーダーシップと行動力があるらしくて感心!

すごいひとがいるのって日本だけじゃないんだねーーなんかいつのまにか日本中心で世界が動いてたよあたしのなかで!
日本だけじゃなくて世界にすごいひといっぱいいるとおもうとなんか怖い笑
地味に自分のまわりではおじいちゃんとかおばあちゃんとかすごい人だしその人格形成のために費やされた努力が何憶万人分あると思うと・・!はは!


今日はアンカラ城にいく。
ひたすらきれい・・途中一瞬豪雨になったけどおかげですごいきれいな虹がみえて感動!
そしてアンカラ城の城内にも昔ながらの家がたくさんあるんだけどそこの子供たちも英語しゃべれてびっくり。だってちょーー田舎なのに、大人は英語しゃべれないのに子供はしゃべれんだよ!


ところでこの研修の目的(だとおもわれるもの)は現地の高校に行って研修生それぞれの文化とglobal  issue のプレゼンをすること!
一人か二人で学校に送り込まれてプレゼンをします!
プレゼンまだつくってないんだけど・・・・・・・なんやかんだで作らずにきてしまった・・

日本のここを伝えたい!とかここを知ってほしい!とかあれば教えてください。
あたしはとりあえずあきられたら困るとおもって実践中心でやろうかとおもってるんだけど、
どうおもいますでしょうか??

これ聞かれて困る??よね?笑 たぶんその反応日本人特有なんじゃないかとおもう!


昨日の目標は・・20%達成かな!
あーあー

最近晴れてるからめっちゃ嬉しい!
この調子だ!あんから!


あ ちなみに昨日はやっぱ悲観しすぎてたわ・・。
もっと仲良くなりたい人いたし自己満LCつていってひとくくりにするのはよくなかった^^;

それではまたまた

2009年2月12日木曜日

LC ANKARA

LC ANKARA 

よくわからん

やっぱ数回してるとおろそかになるね一人一人の対応

ていうか今日のVP ICXのはなし
完全にboasting

レセプションが自慢のLCです
なんてよくいえたもんだ

あたしはそんなひどい対応をうけたわけじゃないけど
聞いた話によるとひどい

ほーむすていできるとおもっていったら寮にいれられてしかも家賃も払わされるとか

現地の家でホームステイをすることにいみがあるって自分たちで書いてたのに
寮にいれられるとか

本当に自己満LCだとおもう。

すくなくともあの人の話を聞く限り。

だから明日あぽいんとをとって話をすることに。


残念ながらあたしを預かっているLCはこんなかんじです。

いいひとももちろんいる、でも彼らの対応によって悲しい思いをしてる人もいる。

OCPは何を考えて研修まわしてんだろ。
ほーむすてい先も、あたしのホームステイ先はあたしがアンカラにつく前日にホストファミリーに電話がかかってきて決まったことらしい。

おかしいっしょおかしいっしょ

アイセックに振り回されるためにきたんじゃない


悲観しすぎ?笑
これあとでみて後悔すんのかなー




この数日間はおだやかにすぎてきました。

ホストファミリーはすごいいい人。
元アイセッカーで去年日本の上智のEP。
お姉ちゃんとお父さんとおばあちゃんも一緒に住んでて、本当にあったかい家族。
あったかすぎてこっちが照れます。。
host の気持ちを本当にもってるとおもう。
おもてなしの心 って日本人に特有っていわれるけど、そんなことないんじゃないかとおもった案外。
だってあたし見知らぬ外人きてもこんな良くしてあげられないもん。
おもてなしの心って最近世間体の心になってんじゃないかねー
もろ自分だ!


思ったことを羅列します

アウトプットってあたしになにができんのかな?
アジア以外からみると日本人って中国とか韓国とかと区別つかないじゃん?
日本人のアイデンテティを熱く語ってやろうかと思ったけど
what is Japanese identity????????
誰かヒントください。
自分の歴史もしらない日本人にアイデンテティってあるのかな?
日本っていう島国にいるから周りとのかかわりをもつこともあまりなく、知らなくても大したことないもんな普通にいきてくだけなら。

あたしの仲間たちはまだあんまり深く話してない人もいるけど
すごい自分の国が好きっていうか、自分の国を知ってほしいって人がいる。
ボスニアヘルツェゴヴィナのひとなんだけど戦争が13年前におわったばっかでやっと平和を取り戻した国。
台湾は中国との問題を抱えてて中国とは違うということを切実にわかってもらいたがってる。

日本は???
あたしは??



前は何かがうまくいかないときは全部環境のせいにしてて、てかりあるに本当に環境が悪いからだと思ってた。笑(おわってんな!)
でもここにきたらまじ自分が何かしなきゃまっじでなんもかわんないから、自分次第で自分の道って見えてくるんかなと思うように。
全部自分にかかってるって逆におもしろいぞ。

部活引退したあとにコーチにもらった手紙に
ゆうこはいつも人のせいにするってかいてあったの思い出した!
ひとのせいにしたことなんかない!!!っておもってまじショックだったけどそれってこういうことだったんだなって今思う。見抜かれてんな~笑


あたしインドネシア人が戦争のはなししてたときに
え、日本ってなんかしたの?
的な発言を。
日本のみなさんごめんなさい。

世界史の教科書でしかみれなかったモスクとかモザイクとかみて感激しまくり
晴れの日にまたいきたいな

中国人に対するイメージかわった

ていうかトルコ歴史やべ

今日アタトュルク博物館にいく
アタトュルクどんだけ慕われてんの。ほとんどの店に肖像あるけど。

トルコのお店が好き。
でっかいスーパーみたいなのはほんとにすくなくて、主都なのに、小さいお店がたくさん。
たとえば花屋肉屋魚屋野菜屋じゃなくて八百屋。

日本人は得。
慶應生ですっていうようなもん。
でもそのあとは中身が勝負。

やっぱアジア人は落ち着く。

まいは外人とはなすと自分のレベルの低さが暴露されるっていってたけど
あたしはそんゆんじゃなくてなんとなく圧倒されてるかんじがしてはなせなくなってしまう。


偉そうなことも書きましたが実際毎日実行できてることは少ないです。
明日はアイセッカーとの話あと普段しゃべらない人との交流をがんばる!!

交流って意識的にやろうとするとまじむずいなあああ
交流ってどうやんのー誰か教えて

まとまらなすぎるブログでした。

2009年2月9日月曜日

いきなり

アイセッカーにきれました・・。

飛行場から指定された場所までバス乗り継いでいって、そこにだれもいなかったから電話かけたら英語しゃべれなそうなひとになんか言われてとりあえず地下鉄に乗る。 しかも九時開始って言われてたのに12時開始といわれ・・・
教えてもらったBilgli university を big university だとおもって人に聞きまくるけど誰もわからず。あたり前か。
結局駅を間違えてたことに気づいて泣きながらいろんな人に助け求めたら助けてくれました笑
市民いいひと。

結局駅に着いてからもわからずタクシーを利用。
タクシー怖かった・・。ぼられるの怖くてあんまり使いたくなかったー

指定された場所についたけど門で止められて英語通じなくてアイセックを連発。笑
わかってくれたけど変な顔をされ、なんでーーーー!?ってなる。
ついたのが九時半とかだったから待つ。

12時くらいにみんながぽつぽつきはじめてLC ANKARAのメンバーと会う。
中国人二人台湾人二人にあたし、ブラジル人一人、インドネシア人一人。(あとからボスニアヘルツィゴヴィナ人二人合流)
みんな空港に迎えに来てもらったって聞いて混乱
なんで?あたしだけなんで一人できたの?
ってなって近くのアイセッカーにそれをいったら
why didnt you call us?
っていわれてほんとショックだった・・・
whyってこっちがwhyだから。

いろんなひとにメールしたあげく一人でこいっていわれて
ついたあとに何で連絡しなかったんだって・・
しかも終了の日程もほかのメンバーといわれてること違って
大した差じゃなかったけど動揺してたしショックで
英語でわけわかんないこと言いまくってた
あたしのメールとめつづけてたOCP(実行委員みたいな)もあたしが泣いてるのみたら
抱きしめてくるし、
人はface to faceだったら優しくできるけど間に距離があったら相手が人間だってことも忘れて
困ってるってこともわからないんだなとおもった。

あたしおおげさ?
でもこれはまじ思った。


アイセックってなんなんだろうっていろんな意味でおもいます。
達成すればいい わけじゃないじゃん
でも実行するのってほんとにほんとに難しいし、実行できるひとにはそれなりの気持ちがないとだし
その気持ちを生むことが一番難しいんじゃないかな。受け身で得られることじゃないから。


その日はいろんなセッションしてごはんたべて夜はみんなでクラブへ
テンション乗り切らなかったからしばらく座ってたけど、これ楽しまなかったら負けだなっておもって
みんなの輪の中に。
あたし日本でも一人でさめてることあるからな。笑
やりたくなくても結局心の持ちようだしまじ楽しまなかったもの負けだってまじおもう。

って今現在3日目で初日の日記書いてるけどこれ実行できてないこといっぱいあるけど。笑

夜はイスタンブールの渋谷の歌舞伎町みたいなところの小さいホステル
朝まで外で騒いでて怖い。


二日目はイスタンブール市内見学
でもあいにくの雨。
高台いってごはんだったんだけどまじ寒くてやばかった・・
トルコ人はパンをよくたべる。

念願のハギアソフィアとブルーモスクをみて満足満足
世界史の教科書に載ってたモザイクもみれて感動;;
はれてるひにもっかいいきたい!!!!!

夜11時にアンカラいきのバスにのる。
夜行バスでついたのは朝六時。
疲れてたからがん寝した。

アンカラのアイセックにはオフィスとして家が一軒・・。庭つき・・・
やべーーやっぱ賛助いっぱいもらってんだろうな。
慶應の部室を思い出して笑いそうになった。笑
ひろたさーーーん

久しぶりにメールとかチェックして
なるべくメールとかきにしないようにしてたけどやっぱきになる。
トルコに染まりきれてないなーーートルコ人を自分の中に っててつさんいってたけど
まだまだむずかしそうです

今日はホストファミリーのうちにいきます!
英語?しゃべれないでしょーもちろん。 
ってOCPにいわれた笑

どうなることやら!!!

2009年2月7日土曜日

2月6日

成田出発

一人旅ってこんなに怖いものかって思うくらい怖いし悪いことばっか考えてほんとにぶるーに・・。良いよく考えたら今まで一人旅ってしたことなかった。いっつも誰か頼る人いたからなー。
飛行機はモスクワ経由で機内はほとんど日本人。
一番驚いたのが、アエロフロートがきれい!!!!!
あんなに評判の悪い航空会社だったのにシートすわり心地いいしテレビ付いてるしUSBつなげるとことランつなげるところがあった。予想外にすごい設備にびっくり。
後でスッチーにきいたらこの飛行機はnewらしくてまだ一ヶ月半しかたってないんだって。
らっきー♪
隣に座ったのは若い女の人だった。声をかけてみたら向こうも一人旅だそう。
モスクワ乗換でカイロにいく途中だという。彼女はももこさんといって、東京にある大学の四年生で就職前の最後の旅に行くと言っていた。
中学生のころからが外国に憧れていてちょくちょく旅をしていたそうで、でも今回が初の一人旅らしい。ひとりでカイロって・・!!六日間カイロをまわって五日間イスタンブールにくるという。
桃子さんの話とかきいててすごいしっかりしたひとだなーという印象を受ける。大学の勉強もちゃんとやってたみたいで興味をもっていろいろ取り組む積極性というかそういうのがすごいいいと思った!
ももこさんと会えたおかげで、旅の話とか聞かせてもらって機内は楽しく過ごせた。でもたまにまたズキズキズキ。

モスクワについて、すぐカイロ行の飛行機があったから桃子さんとはお別れ。

あーーここがロシアか・・。
外はすごい雪。
ロシアで研修する予定だったけどふられ、トルコに行くことになったけどロシアにこれてなんか嬉しい。
モスクワでは5時間待ち。お店をぶらぶら見て回るも、荷物が重い。モスクワ乗換は荷物がなくなる可能性が高いからできるだけ手荷物にしてきたから。
とりあえず日本人ツアー観光客がたくさんいるところにいって心地いい日本語を聞いて心もちょっと軽くなる。おっちゃんたちとちょっと話して軽く寝る。
ちなみにロシア人はちょっと言い方がきつい。発言がすべて命令形!日本人って丁寧だよな。笑 

モスクワを出発する。日本ではもう夜中の時間だったから爆睡。
目が覚めたらご飯。う 胃が重くてたべれない
次に目覚めたらもうトルコ。
到着したのは朝の1時近くになってて、ホテルで夜を明かすか、空港で待ってるかすっごい迷う。
入国審査のところでならんでいると、日本人らしき男女三人組がいる。なんかバックぱっカーで宿予約してなさそうだったから思い切ってはあなしかけてみる。
案の定ノープランらしいけど明日国内線をつかってイズミルまでいくらしくて彼らと一緒に夜を明かさせてもらうことに。
空港は思ったより明るい。店も24時間営業してて、安心する。
彼らは立教の観光学部二年生のともだち同士で男二人、女一人。
はなしてるうちになんと!!!!男の子の一人がアイセッカーということが判明!!!!なんてこっちゃーーーーー!
話は盛り上がり、しかも旅行代理店のトルコ人がフレンドリーに話しかけてきて超面倒みてくれて楽しく過ごす。最初はめっちゃ警戒したけど。あたしが変圧器とプラグをおなじものだと勘違いしててやばい充電できないじゃん!!ってなったときにいろいろ助けてくれた。
彼らは素敵な三人組で女の子は来年学校を休学して世界一周旅行に行くという。アイセッカーも去年の夏に中国のNGOで研修をしてきたらしくて話をいろいろきかせてもらった。
もう一人の男の子はダイビングサークルにはいっていてダイビングのお金を変えぐためにバイト掛け持ちして頑張ってるという。
空港ぶらぶらしたり座って話したりしてるうちに彼らはイズミルにいくための国に線に乗る時間に。今日は本当に面白い人たちに会えて本当にらっきーーーー!!!!!とおもってテンションあがる。まなみもskypeしたし♪
これからHAVASという空港直営のバスにのって市内にいき、イスタンブールLCにいくよ!
それもこれもトルコのアイセッカーが迎えに来てくれなかったから出会えた人たちだとおもうと感動して、こんなんも悪くないなーと今思う。
それじゃバスのってきます。空港から出ます。
緊張。

2009年2月5日木曜日

明日出発

明日出発します。

まだ用意してないです。



日が近づくにつれて
こわい!!!!
っておもいはじめてしまう・・。

昨日今日で相当ぶるーーーに


なんか飛行機がつくのが夜中の12時半なんだけど
その時間には交通機関がないから迎えにこれないっていわれて

それって、空港でねろってこと?笑



調べたら結構みんなやってるみたいだけど。

若いうちに最低ラインを経験しとくのだ。

アイセッカー結構適当・・で
返事してくれないひとが多い中一人素晴らしいこにであって
skypeしたんだけど、彼女の一言で本当に気が楽になった。

どんぞこから這い上がったよー。

そういう天使をタイでもみたなー。あいせっかーのNing.


これからどんな出会いが待ってるんだろう!!

2009年2月3日火曜日

節分

やばいぞ!!
出発まであと・・・三日・・・・・!!!!
昨日は渋谷のドンキでお土産をかいにいったんだけどいいものなし・・。
なのにいろいろかったら7000円になってしまった。

お土産ってどこでかえばいいのかな!?100均??
どこかいいところ知ってたら教えてください(-_-メ)

アイセックについて簡単に書きますと、
アイセックは60年以上の歴史を持つ学生団体で国際インターンを主要活動としてます。

↑の説明をするとみんなあたしがすごいのかと勘違いするみたいだけど。笑
あたしはヒラのヒラです。
でもアイセックには素敵な人たちがたくさんいます。自分のためだけじゃなくて人のために頑張れるひとがいます。

最初はおかねもらってやるインターンがしたかったんだけど、
ヨーロッパでは日本人の需要はないらしい。。
アジアはありそうだったんだけどね!
そんなこんなで世界中から人が集まってやるpboxを選びました。
妥協でも何でも、そういう運命だったんだ!
ふ 二ヶ月間パソコンとお友達より、世界中の人とお友達のほうがいいでしょ♪

昨日トルコのアイセッカーにメールして空港まで迎えにきてっていったら
24時以降の交通手段はないからairport hotelにとまって、朝九時までにバスで本部にきて。
って言われました・・・・。
あああ・・・。
なえたけど、しょうがない。安いチケットだからこんなもんだろう。

そんなこんなで初投稿おしまい。