2011年3月13日日曜日

地震から自信へ と 援助についての今の考え

地震の被害もすごいけど、それと同じくらい日本人の対応についての評判が高まってる。

今回の地震でみんな多かれ少なかれ助け合いの精神に気付いてると思う。
家庭内からコミュニティーから、国規模、そして世界規模の助け合いで成り立ってることに気づかされる。自分のため自分のためではやっていけない。自分に言い聞かせてます。
地震がおこった国で人々の助け合いが注目される国なんて他にないだろう。その点すごい誇らしい。

だけどその反面、これは日本人の性格以外に、民族の少なさが大きく関わってるんじゃないかと思う。
人間本当に悪い人いないだろうし、自分と同じような人を助けようとする心は少なからずある。
これがアメリカだったらどうなんだろう?多分多少の暴動は起きるだろう。
海に囲まれて、移民、特に難民を受け入れない日本。
こっちにきて特にキリスト教を信仰してる人の、人に何かをしてあげる精神nってすごいと思うんだけど、宗教にそんなに力を入れない日本人の人助け精神はみんな仲間っていう精神から生まれて、それがいろんな成功につながってきたと思う。
これは日本の強みだと思う。

海外留学してる日本人学生たちのfbコミュニティーなども結成されてきて、国内外からの応援も高まってる。

最近暗いニュースばっかだけどこの地震から新たな自信に繋がりますように。






これに関連して、
助け合いっていったけど国を超えての助け合い、humanitarian aidが面白い。
この授業とってるんだけど、援助は政治とつながるべきか、完全に独立するべきから始まって、過去の援助の例をみながら(例えばアメリカのソマリアへの介入)介入の正当性をディベート。
ハートを込めたロジックってだいたい反発される。助けたことで余計紛争を長引かせることもある。
フィリピンのバスーらの例とか、実にそうだなとおもった。
だから私はもう興味本位のボランティアはやりたくないとも今は思ってる。現地での援助が一生続くことなんてできない。
ジャーナリズム、良い仕事だと思う。でも仕事にはできない。結局それで食べかなきゃいけないから、同情を誘う写真を撮ることは避けられない。あと情報が断片的になる。
でもそれぞれの思惑がある中、全部が間違ってない中、どれも正しいわけじゃないと思う中、自分のできること、正しいことをするべき何だろうと思う。間違ってるやり方にあえて足を踏み入れて少しずつ変えてくっていうものありだと思う。
じゃあ自分は今何したいかっていうと。。結局大きなことは一人では何もできないんだよね。国際機関にはいっても、矛盾はおこるだろうし、個人でやっても矛盾はおこる。たくさんのサポートが必要。(やっぱりこういう面でも日本は強いんじゃないか)とりあえず何か、続けられること、持続可能な何かを模索中。


ただ、アメリカと違って、良い大学に言ってるにも関わらず自分が進みたい道に進める可能性がとことん低いっていうのは、残念なことだと思う。でも自分の意図しないところに立つことが多いっていう日本の就職状況も、ある意味成功要因の一つなのかもしれない。。?

3 件のコメント:

  1. はらはた~~2011年3月13日 16:50

    頑張れ!ゆうこ~!
    前の日記に頑張ってコメント書いたんだけど、誤って消しちゃって萎えてるわ~(/_;)

    悩み続ければ、そのうち解が見つかるはず!
    ファイト!!

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  2. よく考えていらっしゃる。関心します。君といろんな話をしたいよー

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  3. りょーちゃん
    前の日記のコメントみたかったわーーーーー!!!!

    人は悲しい時に思考が深くなるらしいから、今日本人はチャンス!!!


    恭平
    文字に落とすと考えてるように見えるのかもね!てかこれなりきょん?

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