2011年9月19日月曜日

自分の幸せ

自分の輝かしい未来ばっか考えてる人が開発関係に携わって本当にいいんでしょうか。
エリート志向なひとほどやってはいけない仕事に感じるんだよねー


正直、被災地にいって私は逆に安心した。
被災者を一生懸命助けたい人たちがいて、被災地はどんどん片付いてきていて、自分の仕事も放り出して長期滞在で助けてる人がいる。
起こってしまった震災はどうしようもない。それの対処はこれから、個人が、国がやってく。そっからは、またそっからの話。
(ちなみに、この”こっから”がうちのゼミの三田論のテーマ。)

何もかも放り出してあそこにいる人たちは、なぜいつまでもあそこにいるのか。っていうのを考えたときに、自分が必要とされている環境がそこにあるから。そして、自分のできる事をして、事が良い方向に向かい、それを感謝されるから。だと思った。自分ができる事で世の中を良くする事ができ、なおかつ満足感も得られる。これが仕事の理想のあり方。彼らの活動に対して給与が支払われるとすれば、立派な職業。人が滅多に巡り会えない天職を手に入れたから、やめられない。もし日常だったら、他人をそんなに喜ばれせることはより難しい。だから非日常に居続ける事で、普段より少し容易により多くの満足感が得られる。

同じように、開発分野で働いてる人は(特に貧困や紛争解決に携わりたいと考えてる人たち)他人を今の状態から抜出させたい/より幸せにしたいと考えてる人だと思う。でも、他人の状態を改善するっていうのは、それが非日常じゃなくて、悪い状況が日常の場合、すっごく難しい事。つまり、「悪い状態」っていうのが「非日常」だったら、それを日常へと戻していく事で、他人を幸せにする事ができるけど、その「悪い状態」が「日常」だった場合、前者より状況を良くするのは、すごく難しい。貧困とか紛争解決は本当に思ってるより簡単じゃないってことを強調したいだけ。


立ち代わって自分の話。
今私が考えてる事は、良いとこで働いて、開発を学べる院に進んで、それ関係の仕事について、幸せになる。「私が」、幸せになる。究極自分が幸せになるのが一番大事なんですけど。自分の生活がすばらしいものである程度に仕事して、人助けてますって思うため、そのため、それを得るための今の選択。


私の親戚で貧困ビジネスをやってる人がどうして私の関心を引いたかって今なんとなく分かった。
ベトナムの子供たちの日常である貧困っていう、手に負えない、本当に難しい問題を、自分の目の届く範囲で自分の責任のとれる範囲で、きっちり実行してるから。子供たちに、日常からの脱出をさせた/させている段階にまできてる。だから本当にすごいと思った。自分の目に見えないところを統括して解決しようとするんじゃなくて、目の届く、数名の子供たちを1から教育して、子供たちの親がその邪魔をしないように、親たちにお金を払ってまで子供を自立させようとする。最初はすごく大変だったみたいで。あまり多くは聞かなかったけど、想像するだけで十分。それを今のように無理なくできるような仕組みをつくってビジネスとしてる。上で言ったような天職に近いものだったと思う。


私のしたいこととできる事を考えた場合、純粋に誰かを助けたいっていう考えだったら、開発の院なんていく必要ないと思う。身近なところで自分のできる事をやれば良いのに、できるのに、それをやる人がほとんどいない。
じゃあなんで私は今の道に進もうとしてるのか。多分私の本当の目的は、人助けなんかじゃなくて自分が幸せになることだからで今のところそれを勉強するのが私にとって一番幸せなことだからなんだと思う。
このままだったら、私は天職と偽善をごちゃまぜにしてしまってたとおもう。


被災地にいって安心したっていうのは、純粋に誰かを助けて自分も満足感を得るっていう、素敵なサイクルがあの悲惨な地でたくさん見られたからだと思う。


だからなんだっていうことはないけど、今はそういう風に考えてるんだなっていうのを書いとこうと思っただけ。

5 件のコメント:

  1. よう、久しぶり。元気?
    がんばれ!

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  2. ごめんなさいどなたですか。。。><

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  3. yuko, i really really liked this post. 真摯だよね、ゆーこはいつも。
    偽善と人助けの境界線ーi think it is a hard line to draw for most people engaged in development.私も考えるけれど境界線をつけれてる状態にはほと遠い。

    ってかそもそも完璧に境界線を引くってありえるのかな?I feel like we would go into a philosophical question here, whether you can conciouslly perfectly separate your motivations to help people from the satisfacation you get as a result.

    だから、maybe this is not a solutionだけど今20代の私にせいぜい出来ることは・・・be mindful of that trap, of that danger and ちょっとした間違いはおかすだろうという前提で進むことかな。

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  4. うへへ。

    be mindful of that trap, of that danger
    うんそーだねー。
    マザーテレサにみんながなる事は。。なる必要はないと思う。(彼女の事よく知らないけど)
    i can とi wantの交差点で考えて、あとは陥りがちなtrapを意識しながら、やりたいことをやるのがいいのかもね今は。

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  5. うへへ。って・・・うけるなーーーー^^; ww

    今さ何で自分はgrad schoolに行きたいのかってbrainstormingしてたら自然とゆーこのブログに来た。そのうち私もこんな風にゆーこみたいに書きたいなー書いたらきっと考えもっとまとまるんだろうなー。 たぶん近い将来、自分の考えを言葉でまとめて何人かの友達に公開する・・・気がする。その時は教えるね! 

    ってかそれを予告しにコメントをしてるだけではなくて、前回書き忘れたんだけど、I wanted to tell you that I respect and admire the power of your writings here. とても素直に書かれてるから、読んでる方も素直に自分の本質を問い始めてしまう。だからkeep it up!

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